シンデレラ奇譚

[ 第9話:偶然を装った必然(4) ]


「ええと、どこから話そうかな」
 椅子に私、ベッドにアシオさんとエリクが腰掛けた。私の膝には手短に済ませた処置の跡がある。
 顔をぐしゃぐしゃに泣いていたアシオさんは鼻をかみ、涙を拭くと恥ずかしそうに笑って、私たち二人を見て「さっきはごめんね」と頭を掻いた。いちいちかわいらしい人だ。
「多分長くなるから、楽に聞いてほしいんだけど。まず大切なことから言おう」
 そう言って、アシオさんは笑む。
「セティ、君は僕とエマの子。そしてエリクは僕の養子。君たちは血の繋がらない姉弟ということになる」
「ということは、アシオさんは」
「うん。僕は君のお父さん」
 私たちは、思わず顔を見合わせた。んなあほな、とはどうしてもいえない雰囲気。エリクは、自分の父親が私を抱きしめていたショックが抜けないらしく、頭を痛そうに抑えている。
「父さん。意味がわからない」
「まったくです」
 私たちの反応に「いきなりだもんね」とアシオさんはすまなそうな顔をした。
「ええと、じゃあ僕の出自から話をしようか」
 こほん、と合図のように咳払いをひとつ。私たち二人は息を飲んだ。
「……僕の父親は中央の貴族だった。そして母はその愛人。僕が生まれた後、母さんは自分の息子が後継者争いに巻き込まれるのが嫌で田舎へ。エマとはお隣さんで、僕ら二人は幼馴染で、ごく普通に暮らしてた。
 やがてエマと恋仲になって結婚しようかというころ、なんと本宅のほうで後継者の息子が死んでしまった。僕は拒絶したものの最終的に中央に戻されることになり、エマとは別れた。エマが身ごもっていたとは、残念なことに知らなかった」
 どう反応していいのかもわからず、私はエリクを見た。エリクも複雑な心境のようでアシオさんをじっと見ている。
「……聞きたいことはある?」
 そう聞かれて、考える。いくつも聞きたいことがあるような気がしたけど、ひとつを除いて、どれもうまく言葉にならなかった。私は探るように口をあけた。
「母を……捨てたんですか」
 アシオさんが目を見開く。母のためにあそこまで泣いたこの人だから、そんな風には見えない。けれど、貴族になるために母との未来をあきらめたというのなら、それはなんだか悲しい。
 私の問いに、やがてアシオさんはゆっくり首を振った。
「ううん。逆。僕が捨てられちゃったんだ」
「母に?」
 私は目を丸くした。アシオさんは、思い出すように笑う。
「そう。……『あなたはこんな田舎で納まってちゃ駄目だ、中央でのし上がれる才能がある。私は手切れ金いっぱい貰ったから、安心してこんな悪女捨てていけ』ってね」
 なんとも母らしい。わたしは、なぜかほっとした。二人の別れが憎しみでなくて、よかった。そんな安堵だと思う。
 安心した様子の私を見て、アシオさんはエリクを振り返る。
「で、すでに適齢期だった僕は今の奥さんとお見合いをして結婚。エリクの今の母さんだね」
 エリクは何もいわずにこくりと頷いた。
「政略結婚だったけど、もちろん愛してる。だけど5年経っても子供ができなくて、これは女のせいだと周囲から離縁を迫られた。でも、僕だって二回も好きな人と別れさせられるのは嫌だったから、当時3歳だったエリクを養子にして後継者にしたんだ。エリクは、自分が養子だって覚えてるね」
「うん。感謝してる。俺、身より無かったし」
 ごくごくまじめに言うエリクを見て、アシオさんはぽんぽんと頭を撫でる。
「感謝してるなんて言わないでほしいな。他人行儀だ。僕はエリクのこと愛してるよ」
 エリクが複雑な顔で頷いた。
 自分の父親の恋愛遍歴(しかもまさかの子供付)なんて本当は知りたくないだろうし、たぶんびっくりしたと思う。エリクには、もうしわけない。
「にしても、今日は本当にさいわいだ。来てよかった」
 私たちの考えなんて何のその。アシオさんは一人幸せそうだ。えへへと笑って、二人一緒になって抱きしめられた。その腕はあったかくて、細いのに強い。なんだか、変な気持ちだ。実感がわかない。私は、アシオさんを、この人をどうやって呼べばいいんだろう。
「そういえば、父さんなんで来たの」
 父さん、と自然と呼べるエリクがなんだか不思議に思えた。エリクはアシオさんとは血がつながっていないのに、私よりも「親子」だ。
 アシオさんは思い出したように「ああ」と言い、私たちを解放すると、床に無造作においておかれた封筒を持ち上げた。
「本当はエリクに縁談を持ってきたんだ」
「縁談? 俺に?」
「そうだよ。エリクももう18なんだからおかしくないよ。ほら、この娘さんたちだって、16とか17だし。こっちのひとは20だね」
 封筒から引っ張り出して、肖像画を見せ付けられる。私もなんとなく興味を惹かれて覗き込むと、なるほど、貴族の美しい娘さんたちだった。
 私は、エリクには姉さん女房がいいんじゃないかな、と思う。エリクは女の子を可愛がるよりも、可愛がられるほうが似合ってる。本人に言うと怒るだろうからいわないけれど。そんな私の様子に、アシオさんが「ああ」とやっぱり思い出したように言う。
「二人が『良い仲』なら止めておこうか? 私は反対しないよ。血はまったく繋がってないし」

 な、なんて恐ろしい誤解を!!

 私は思わず叫びそうになる。
 王子に聞かれていなくて、良かった。本当に良かった。

「違うよ父さん! セティ様は、王子の婚約者だ。俺は護衛!」
 エリクも慌てたように否定するが、アシオさんはちょっと残念そうに唇を突き出した。なんて可愛いおっさんなんだこの人は。本当に私の父親なのかと、疑いたくなる。
「えー。つまんない」
「えーじゃない! つまんなくない!」
 エリクが父親をしかる。なんというか、漫才みたい。仲がいいなぁ。
 それにしても、「王子の婚約者」というセレブな立場をを「つまんない」というこの人は、もしかして大物なのかしら。貴族とは聞いたけど、どれくらいの地位にある人なんだろう。
「そっかー。セティが例の婚約者だったのか。王子ってば隠して見せてくれなかったから、知らなかった」
 まるで王子を子ども扱い。本当に、何者?
「でも、エマにそっくりの可愛い僕の娘じゃ、王子が惚れても仕方ないね」
 うんうんと頷いてまた抱きしめられた。どどど、どうしよう。
「とーさん!! 失礼だろ!」
 慌てて引き剥がしにかかるエリクに、アシオさんは嬉しそう。
「馬鹿だねエリク。やきもち妬かなくっても、エリクだってほら、ぎゅー」
 といって、やっぱり二人まとめて抱擁。どうにもこうにも、子煩悩らしい。
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