シンデレラ奇譚

[ 第9話:偶然を装った必然(5) ]


「さてさて。涙の再会はこれくらいにして」
 と腕を放すアシオさん。泣いていたのはあなただけです。思わず突っ込みそうになったけど、アシオさんの顔が笑っていなかったので、私は思わずくちを閉じた。
「セティ。僕は君を正式に娘にしたい」
 肩に手を置かれ、椅子に座るよう促される。アシオさんとエリクもまたベッドに腰掛け、アシオさんは私に向かって人差し指と中指を立てた。
「方法は二つ。それぞれメリットとデメリットがあるから、聞いてくれるかな」
 私は頷く。
「まず、ただ単に君を認知する方法。君は女の子だから跡目争いにならないし、反対もなくすんなりいくだろう。これがメリット」
 私が思いつくのも、その方法しかない。でも、デメリットなんてあるんだろうか。反対が無いなら、それでいいと思うんだけど。
「デメリットはね、王子と君のことだよ」
 突然王子が話題に上って、私は目を丸くした。何故そこで王子が関係するんだろう。エリクは、何かに気づいたように私を見て、そして父親を振り返る。
「父さん、それって」
「エリクも、気づいた?」
 な、何。何なの。二人だけで通じ合ってないで、私にも説明して欲しい! 親子で通じ合うなんて、ずるい。
 まだアシオさんと父さんとは呼べないものの、こういう疎外感を寂しく思うということは、私はやっぱりこの人を父親として傾いているのかもしれない。悔しくてアシオさんの袖を引くと、アシオさんが嬉しそうに笑って私の頭を撫でた。
「僕の娘になるということはね、汚い言い方をすれば、後ろ盾ができるということなんだよ」
 諭すように、アシオさんが言う。後ろ盾?
「もしセティと王子が愛し合っているならこれもメリットなんだけど……」
 ぶんぶんと首を振って、私は否定する。まさか、あ、愛って! 思わず笑いそうになる。私とあの王子の間に、そんなものは無い。
 その様子にアシオさんもエリクも苦笑する。
「そう。僕も、君がが王子を拒んでるうわさを知ってる。だから、これはセティにとってのデメリット」
 もったいぶるような言い方に、私は首をかしげた。
「セティ、君は今まで町娘だった。だから大臣も反対できた。でも、貴族の娘となれば身分差の問題は解消。君と王子の婚約には何の障害も無くなるんだよ」
「そ、そういうものなの?」
 私の意志は? 問うようにエリクを見ると。エリクは申し訳なさそうにうなずいた。
「意思なんて汲まれないのが普通なんです。今の状況がレアケースで、本当は王子の意思ひとつなんですよ。その上、周りがセティ様を認めてしまえばそれこそ問題はどこにもないんです」
 私は言葉を失う。
「セティを認知することは、君を「妃」へと仕立て上げることになるんだよ」
 周囲から攻め込まれて、逃げ場を失うことほど怖いものはない。
 そんな結末は、死んでも嫌だ。私は、町娘で、貴族のこまじゃない。
「……もうひとつの、方法は?」
 搾り出すように、私は問う。エリクも思い当たらないようで、アシオさんの顔を見つめた。
「もうひとつはね、正式な娘になる方法ではないんだ。でも、それは書類の違いだから、僕個人の感情としてはどうでもいいんだけど」
 と言って、アシオさんは右手で私の手を、左手にエリクの手をとった。私たちは顔をあわせたけど、意味がわからない。
「セティがエリクのお嫁さんになるって方法だよ。僕は、君の義父になれる」

「は?」

 私とエリクの声が綺麗に重なる。アシオさんはもう、満面の笑みだ。
「エリクは跡継ぎだからずっと家にいるだろう? だからエリクとセティが結婚すれば、セティはずっと僕と一緒にいられるんだよ。これがメリット」
 ふふふ、とアシオさんからお花が飛んでいる。ぱたぱたと手が振り回されて、私たちは戸惑った。
「父さん、本気で言ってる?」
 エリクは頭が痛そうだ。やっぱり私もそれは非現実的だと思うんですが。本気とも思えず、言葉にもならない。
「本気だよ。家族みんなで一生一緒って、すばらしいじゃないか。デメリットは、王子よりも先に結論を出さなきゃいけないから、ゆっくり愛をはぐくむ時間がないところだね。二人は、お互いのこと嫌いかい?」
 アシオさんは、私たちを見た。
 いや、嫌いどころかむしろ好きなくらいですよ。でもエリクは心のオアシスで、わんちゃんみたいな存在であって、そういう対象ではないというか。
 私が反応するよりも先に、エリクが叫ぶ。
「嫌いなわけないでしょうっ。セティ様は俺の恩人です!」
 嫌いじゃないっていってくれるのは嬉しいけど、やっぱりエリクも私のことを女の子として見てるわけじゃない。あくまで上司の婚約者で、今の職につくきっかけをくれた人に過ぎない。
「私も、嫌いじゃないですけど」
 私たちの反応に、アシオさんはまた花を飛ばす。
「嫌いじゃないなら、結婚してみたらどうだい? ほら、エリクは貴族でお金もあるし、兵士だから力強いし、僕が言うのも変だけど顔もいいし性格もかわいい。おてごろだよ、セティ」
 うきうきが止まらないといった風で、アシオさんは一人盛り上がっている。ほんとうに、四十近いおじさんなんだろうか。ああ、頭が痛い。
「お手ごろって、そんなのエリクの意思もありますし」
「エリクに選択権はない! 跡継ぎだもの。僕が結婚に意見しても問題なし」
 にっこり笑うアシオさんが、ちょっと怖い。愛する息子に何たる言い草なの。
「もちろん、幸せな結婚が一番だけど、セティなら大丈夫! エリクは確実に惚れるよ! セティはエマに似て可愛いからねー」
 といって本日四度目のハグをされた。今日だけで、ずいぶんとハグに慣れてしまった気がする……。
 しかし私以上に慌てるのはやっぱりエリクだ。彼は王子付だけど、私の護衛も仕事のうちだから。
「離れろ父さん!」
 べり、と引き剥がされてエリクがアシオさんを叱る。アシオさんはうなだれて、まるで耳をたらした犬のよう。こういうとこ、やっぱり家族らしいと思う。そしてここに自分が混じるのを想像してみる。うん、悪くない。素敵な気がする。
 私の母は、気風のいい人だった。きっと、犬みたいなこの人の面倒をみつつ癒されていたんじゃないだろうか。その組み合わせは、とっても想像に易い。お似合いだ。私は、この人を父親として認めたいし、家族になりたいと思ってるのかもしれない。
「アシオさん」
 呼びかけると、アシオさんがぱっと顔を上げた。
「わたし、誰とも結婚は考えてないんですけど」
  しゅん、と悲しそうな顔。父親ながら、百面相がかわいらしい。
「そんな私は、娘として認められないですか」
「馬鹿を言うな! 何があったって君は私の娘だよっ」
 手をとり、怒ったように真剣な顔をしたアシオさんが私を見る。私は思わず笑んだ。この人は、きっと私を受け入れるだけなく、怒ることもできる人だ。本物の親のように。そう思うと、迷いはもうなかった。
「じゃあ、三人のときはお父さんって呼んでも良いですか」
「セティ……」
五回目のハグはやっぱり三人で、そしてアシオさんの涙付きだった。

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