シンデレラ奇譚

[ 第9話:偶然を装った必然(2) ]


 王子付になったとはいえ、彼の仕事は基本的に護衛など体を張ったもの。最近は政務にも足を一本突っ込んでしまっているけれど、それはもともと畑違い。本来の職務のためにエリクは今でも一般兵に混じり訓練を受けている。彼の所属している「壁隊」は一般兵の中から秘密裏に集められたメンバーらしく、訓練を分けることも無いらしい。
 訓練場は城のすぐ横にあって、ぐるりと四角く天井の無い壁に囲まれている。官舎とも繋がっていて、兵士さんたちは本来そこで暮らしている。
 訓練場に近づくと剣戟や掛け声が聞こえてきて、すこし体がこわばった。服のことを誰にもばれたくなくて一人できたけど、ちょっと失敗かもしれない。
 なんだか近づくのが、怖いような。
 町に住んでいたころは兵士にあこがれていた。もちろん、「兵士になりたい」とかそういう憧れじゃない。兵士は国民に「騎士様」と呼ばれ親しまれている。純粋に女の子として、騎士ってかっこいいと思った。貴族ほど雲の上でもないし、国民からの信頼も厚い。ただ、こうして実際に剣を振りかざす姿は勇ましくて男らしいけど、恐ろしくもあった。
「エリク、エリク……」
 こっそりと入り口から訓練場を覗くと、奥のほうで彼が壮年の男性と剣を交えているのが見えた。……交えているというか、鍛えられているというか。
 おそらく試合形式でやっているのだろうけど、実力が歴然としている。エリクは果敢に打ち込んでいるけど、それに対する男は足を引くどころか一歩前に詰めて、エリクが振り下ろしきる前に剣を受け止めている。
 そのうち、ひょいと足払いをされてエリクがひっくり返った。剣術なのに足技って、ありなのかしら。

 ちょうど稽古時間が終わったのか、ひっくり返ったエリクを笑いながら、他の人たちがこちらの出口へ向かって歩いてくる。エリクはまだひっくり返ったままお説教をされている。ああ、どうしよう。隠れたほうがいいのかな。私がおろおろしていると、兵士さんたちがそれに気づいてぐるりと囲まれてしまった。みんな「誰だ?」とお互いに顔をあわせながら好奇の眼を寄せてくる。
 ひいい。職務質問なんてされたらどうしよう。私どう答えればいいの!
 怪しいものじゃないです、と口走るよりも先に兵士さんたちはにこにこしながら私に話しかけてきた。
「女の子がここにいるなんて珍しいね」
「誰かの妹かな」
「それとも、目当ての男でもいる? つれてこようか」
「特にいないなら、これから昼食だし一緒に食べる?」
 がたいのいい男の人に囲まれて、矢継ぎ早に質問されて私は言葉が出ない。みんな国民憧れの「騎士様」だし女性に優しくフレンドリーなんだけど、さすがにこの状況は。稽古をしてたから上半身裸の人もいるし、一応私、うら若い乙女なので、恥ずかしいんだけど。
「あ、あの、あの……」
 とにもかくにも、この人たちは私が王子の連れ込んだ客人であることは知らないみたいだ。ばらしてしまっていいものかと逡巡するけど、うまく頭が回らない。
「あ、俺たち汗臭いかな」
「いや、そういうことじゃなくてですね」
 ここに来たのがまずかったのかもしれない。逃げ出そうと一歩後ずさると、兵士さんたちの間から、転んでいるエリクが見えた。そして立ち上がったところで目が合う。驚きに目が見開かれたのを見て、私の緊張の糸が切れる。
「エ、エリク!」
 思わず叫ぶと、兵士さんたちが奥にいるエリクを振り返り、垣根が割れた。エリクも慌てたように前に進み出てくる。ああ、よかった!
「なんだ、エリクの恋人か」
「稽古場まで来てくれるなんて、妬けるね」
 いや、まったく違うんだけどね! どうやって否定すれば良いのかもわからず黙ってエリクに駆け寄ろうとして……失敗した。放置されていたバーベルにつまずいて、そのまま派手に転んでしまったのだ。くっそう。使い終わったら片付けろよ!!
「いた、い」
 ひざから落ちて地味に痛い。みんなシンとなってこちらを見ているのがわかる……恥ずかしい。死にたい。
 一瞬の後、皆が慌てたように近寄ってきた。私の身上を知るエリクなんて、顔を真っ青にしている。
「セティ様っ」
 主人を心配する犬の様。きゅんきゅん言いそう。ちなみに大型犬だから、頼りにもなる。差し出されたエリクの手をとって立ち上がると、ひざから血がたれていた。
「大丈夫か?」
「うわ、ひざすりむいてるね」
 近寄ってきた兵士さんたちも口々に言い、私のひざに視線を寄せている。恥ずかしいことこの上ない。いたたまれない。
「と、とにかく俺の部屋つれていくので、先輩たち先に行ってて下さい!」
 私を隠すように前に立ち、エリクが叫ぶ。ああ、エリクって本当にいい子だ。
 エリクに連れられて私は訓練場を後にした。 先輩兵士たちから「部屋でしっぽりしてちゃ駄目だぞ」なんて軽口を聞きながら。

 廊下を歩きながら、地味にジンジンと痛むひざを恨んだ。くそう、私にドジッコ属性は無いはずなのに。
「ごめんエリク。おおごとになっちゃった……服返しにきただけなのに」
 いまだ抱えたままの服に目を落とす。転んだときにまた土がついてしまったからまた今度返そうと思ったけど、エリクは気にしないと言って私から笑顔で奪い取った。
「わざわざありがとうございました。……でも、こんなとこ来ちゃ駄目じゃないですか。男だらけだし。みんなセティ様のこと知らないからナンパでもされたらどうするんですか」
「う、返す言葉もありません」
「王子がやきもち妬いて意地悪されても、俺助けられないですよ」
 自分が意地悪されてることに気づいていないくせに、私が王子にからかわれていることは気づいているらしい。器用な認識だ。
「救護室に行くのが良いんですけど、あそこにも男がいっぱいいるんで俺の部屋にしましょう。俺、薬貰ってきますから部屋にいてくださいね」
 といって、エリクは私のために扉を引いた。レディファーストばっちりである。入ろうとして、私は思わず立ち止まった。
(ええと、誰か中にいるんだけど)
 いすに座って本を読んでいた横顔がこちらを向き、ばっちり私と目が合う。
「セティ様? どうしたんですか……あ、父さん!」
 部屋に入らない私をいぶかしんだエリクが部屋を覗き、声を上げた。父さん、と呼ばれた男性は心底驚いた風に言う。
「エリク……知らない間に娘さんを部屋に連れ込むようになっていたなんて、父さんびっくりだよ」
「あ、アホなこといわないでくれ父さん! この方怪我してるから、椅子変わって差し上げて。 俺は薬とって来るから」
 エリクは父親らしきひとの腕を引っ張りあげて、その椅子に私を促した。なんだか悪い気もして遠慮すると、今度はおこられた。
「わがまま言っちゃ駄目です! 王子にばらしますよっ」
 怒ってる顔のエリクもなんだかんだ可愛い。でも、その内容は恐ろしい。しかもそれで困るのはお互い様のはずなのに、どうしてエリクはそれに気づかないんだろう。苦痛を感じているのは私だけ。ずるくないか。
「は、はい……」
 私は仕方なく腰を下ろし、エリクはパタパタと駆けていった。
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