シンデレラ奇譚

[ 第9話:偶然を装った必然 ]


 王城の生活というのは、ほうっておいても給仕たちがすべてのことをやってくれる。炊事・洗濯・掃除は当たり前。朝のモーニングコールも着替えもなにもかも。はっきり言って、戸惑うばかり。裕福な生活に一度染まると、元に戻ったときにその落差に苦しめられるかもしれない。だから、私はなるべく優遇に慣れないように努めている。できることは可能な限り自分でこなしたいというのが私の本音だ。でもそれは、私が「勤労が好き」とか「良い子」だからなわけじゃなくて、そこからほだされて瓦解するのを防ぐため。環境から囲い込まれて逃げ場を失うなんて……怖すぎる。
 そんな私の涙ぐましい努力を横目に、友人二人はごくごく自然に身の回りの世話を城の人たちにさせている。嫌味でもなんでもなく、とても自然な使い方だ。
「その人の仕事なんだから、させてあげなくちゃ」とはジュリアの言。「上の者が自ら世話をするなんて、給仕を愚弄することになるからね」とはベルの言だ。ジュリアは商家の一人娘で、ベルはもともと貴族。二人とも人の扱い方がうまい。今までは三人でルームシェアしつつ暮らしていたので気づかなかったけれど、友人二人は曲がりなりにも上流階級の人間なのだと思い知る。今も、女の給仕に紅茶をつがせて優雅に私の部屋で朝食をとっている。

「その男物の上着は、王子のものかい?」
 ベルが壁にかけてあるエリクの服を指差した。それは先日私がクロエさんにさらわれた際に借りたもの。一応洗濯をしてあとは返すだけなんだけど、タイミングが無くて返せずにいた。
「ううん。エリクのなんだけど。ほら、エリクいっつも王子の身代わりしてるでしょ。してないときは王子にべったりで、返せなくて」
 王子はエリクに対してあまり良い感情を持っていない。はっきりいってしまえば子供のようなやきもちを焼いているんだとおもう。俺のおもちゃに手を出すな、とかそんなかんじ。そんな王子を前にして、私がにエリクに服など返そうとすれば、彼が血を見るのは明らかだ。んでもってもちろん私にも降りかかる。
「エリク君か。……そうだね。彼、王子にはずいぶん手を焼かされているみたいだし、追い詰めるようなことはしないほうがいいか」
 確かに王子はエリクに対してずいぶんと変な用事を押し付けている。

1、王子に来た見合い話を本人のところへ断りに行く(これは大臣の仕事だし、書面で断ればいい)
2、サロンで令嬢たちとのお茶会に強制参加(王子が行かなきゃ意味が無いのに)
3、余興(普通は楽団などが呼ばれるはず)
4、身代わり(委員会、会議、晩餐会、神事もろもろ)

 とまあ数え切れない。しかもどれも王子付の仕事ではない。
「エリクさんが来てから、王子生き生きしてらっしゃるわね。エリクさんに仕事任せてセティに会いに来るし」
 くすくす笑いながらジュリアが言う。
「ほんとそうなのよ……」
 今までは政務が忙しくてなかなか構ってこなかったのに、最近はこの部屋に入り浸ろうとする。うんざりにもほどがある。
「エリクさんへの嫌がらせと、セティへの欲望が同時に満たされてるのね」
「欲望って、物騒な」
 確かにそのとおりなのだけれど、ここに、大きな誤算がひとつある。
「でも、エリク君は王子に任された仕事、どれも嫌がってないらしいね」
 ベルが思い出したように言う。男前のベルは城の給仕(いわゆるメイドさん)たちに愛されているので、その手のうわさも耳に入りやすいんだとか。相変わらず女性に好かれる身の上で私はちょっと同情するけど、その情報は王子の行動を予想するためにありがたく使わせてもらっている。
「そう、そうなのよ」
 私は力なく頷いた。エリクは、王子の嫌がらせにまったくへこたれていない。
 それが、私にとって問題なのだ。
「それは……ますます王子も調子に乗るわね」
 ジュリアがしみじみという。
「……そうなのよ」
 エリクは犬みたいな子なのだ。主人の言いつけは全てが守る。王子がエリクにやきもちを焼いてるってことは、エリク自身もわかっているみたい。でも、押し付けられた仕事がその「はらいせ」だということにはてんで気づいてない。嫌がるそぶりもない。困難でさえも「自分を信頼してくれてる証拠だ」なんて思えばがんばってしまう。とても良い子なんだけど、ちょっと頭がおめでたいというか。かわいいと言うか。
 その上、エリクは何事もうまくまとめてしまう。優秀とか博識というタイプではないはずなのに、人に好かれる。いわゆる「人たらし」。
 少し不器用ながらも、相手を褒めながら自分の意見を伝えようとする姿に好感がもてる……らしい。これは私が見たのではなく、給仕や城仕えの人に聞いた話。
 王子の見合い話を断りに行けば「では君が婚約者になってくれ」と言われ、サロンに出席すれば令嬢たちから「かわいい」の大賛辞。余興で軍仕込みの腹踊りをしたら、なんとおじ様に受けて身の危険を感じたほどだとか。さすがに政務の身代わりだと、エリクに決定権がないので王子の確認を取ろうと奔走しているけど、とりあえず総じてうまくやっているのが現状だ。
 しかも、本人も新しい環境で楽しく仕事しているから、私は口も出せない。
「悪いことしたかなって思ってたんだけど、本人が喜んでるからどうしようもなくて」
「じゃあ王子は、エリク君への嫌がらせは功を奏してないってことか」
「うん」
 私が頷くと、ベルは少し考えるようなそぶりをした。そして、一人頷き、私に言う。
「じゃあ、なおさらセティはその服を返しにいくべきだと思うよ」
「え? 何で」
 どうしてそうなるの? 私が聞き返すと、ベルではなくジュリアが笑った。
「わからないかしら、セティ? エリクさんに嫌がらせができてないストレスは、どこへいくと思う?」
「あっ」
 そんなの、問題にもならない。一択だ。
「ね。そんなものそこにかけておくなんて、苛めて下さいって言っているようなものだわ。……エリクさんを巻き込んでスリリングな恋を求めるなら別だけど」
 ぞっとすることを愛らしい笑みで言うジュリア。想像してみて、おもわず背中を嫌な汗が伝う。
「か、返してくる!」
 私は飛び出した。

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