シンデレラ奇譚

[ 第7話:突発性運命(2) ]

「はぁ?」

 「嘘」ってなにさ! い、いいいい意味がわかんない! 何なのこの人!
「からかってんの?」
「いや?」
「じゃあ、なんで!」
 おもわず、語気が強まる。だって、すごいびっくりして、本気で悩んだのに。もしかして、会ったことがあるのかもしれないって、また逢えたのかもって、本当に考えてしまったのに。
 私がにらみつけると、彼は言う。もうそこにはさっきまでの安堵の微笑みはなくて、いつものすこし人を馬鹿にしたような笑顔があった。そして、ふとんに包まったままの私に手を伸ばして、ふとんの上からポンポンと頭をたたく。
「もし、君が勘違いをして、私のことを思い出したと言ってくれていたら、それにつけこもうと思ったんだけどね。ほら、いつもの、恋の駆け引きじゃないか」
 あなたと恋の駆け引きだなんて、したことないですけど王子様。
「不愉快だわ」
「でも、まさかこんなに悩んでくれるとは思わなかったよ。言ってみるものだ」
「王子の言うことなんて、もう信じないから。早く出てって」
 もう名前を呼ぶ気すらもおこらない。わたしはすっぽりとふとんに頭から隠れて篭城を決め込んだ。ああ、むかつくったら。こんちくしょう。どんな歯の浮くような気障ッたらしい言葉を吐いても、乗ってやるものか。
 しかし、訪れたのは、沈黙。てっきりふとんを引き剥がそうとするものだと思っていたので、ふとんを強く握り締めていた手のひらも、なんとなく居心地が悪くなる。私はふとんを被ってしまっているので、外が見えない。目の前にいるはずの王子はどういう状況にいるのだろう。私が痺れを切らして出てくるのを待っているのだろうか? しかしそうだったとしても、その手には乗るものか。出て行くのはアンタのほうだ。
 真っ暗な静寂の中だと、どうも時間の感覚が鈍る。こうして、5分になるだろうか、10分だろうか、もしかして30秒くらいかもしれない。何もしゃべらない王子の、視線だけがなんとなくふとんをすり抜けて伝わってくる。なんか、やだな。こういう沈黙は苦手。
 そして幾分か経った後に、やっと沈黙を破ったのは、王子だった。

「……ああ、それでいい。ずっと、隠れていてくれ。運命になんて、選ばれないでくれ」

「?」
意味が、わからない。小さなささやき声。さっきのようなからかう雰囲気はなく、やさしい重みがふとんの上から感じられた。彼が手を当てているらしい。それが上下に動くだけで、まるで本当に撫でられているような感覚に陥る。優しい手つき。人に撫でられるのは好きだけれど、これはなんだか気持ち良いような、気色悪いような。
「運命はね、あったんだよ。残念なことに、私と君との間ではなかったけれど」
「?」
「……おやすみ、セティ」
ベッドがぎこちなく沈む。こちら側に少し傾いたような気がして、体がこわばる。そして頭上で小さく、小さく、衣擦れの音がした。それは、手以外のもっと軽い何かが触れたような音。
まるで
子供にささげるおやすみのキスのような。

第七話 了
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