シンデレラ奇譚

[ 第7話:突発性運命 ]

「聞いてくれないか、セティ。思い出したんだ。運命だったんだよ」
「思い出したって、何を?」
「君をさ」


真夜中です。私はベッドの中です。と言ってもまだ寝ないで本を読んでいた真っ最中。そこにノックもなく飛び込んできた狼藉者はいけしゃあしゃあと「私たちは運命だったんだよ」とのたまった。運命って……いつもの3割増でイタイですよ王子様。
「あーもう、ノックもなしに……着替え中とかだったらどうするのよ」
 仮にも乙女の部屋である。
「そのときはありがたく頂くことにしよう。ほら、運命だから」
 軽やかな動きで枕もとに腰をおろし、私の頬に手を添える。超迫ってきてますけど。微笑んでるのに目が笑ってない。これ、王子じゃなきゃ婦女暴行未遂とかでつかまるにちがいない。
「あああ、あの、レイ? 話がさっぱり見えないんだけど」
 もぞもぞとベッドにもぐりながらレイの顔を遠ざける。いつもだったら部屋の外に逃げるなりなんなりすれば良いのだけど、今はネグリジェなので絶対ベッドから出たくない。寒いし、……恥ずかしいし! だって、レイはもちろん
「王子ぃ……あの、無体はなさらないでくださいね」
最近「王子付」に着任したばかりのエリクは、こんなときでもドアの脇にちゃんと立っていた。……真夜中の乙女の部屋に、成人男性が二人っておかしいでしょ。
レイは、あたふたするエリクを無視して、ふとんを被った亀姿の私になおも迫る。怖い!これ以上下がったら、ベッドから落ちる!
「エリク! 見てないで、助けてようっ」
 私、どう見ても嫌がってるじゃないか。ぜんぜん合意じゃないんだけど!
 私が叫ぶと、エリクはおろおろとしながらも、一歩前に出ようとした。しかし彼の主人が「待て」というから彼は立ち止まる。君は犬か!
「エリク、任務に忠実なのは良いが、君がいてはセティも素直になれない。私以外に肌を見せたくない女心、わかるだろう? 下がるべき時は自分で見抜きなさい」
「あ、し、失礼しました……っ」
「ちがう!! 違うのエリク! そこにいて良いから! この王子連れて帰って!!」
顔を真っ赤にして走り去るエリク。彼は確かに四六時中、王子のお付をしていなければいけないのだが、主人に「野暮なことしてんじゃねぇ、空気読めよ」と暗に言われてしまってはどうしようもない。
 エリクの後姿に向かって手を伸ばしたが、無情にもばたんとドアは閉ざされ、彼の背は見えなくなった。
 ぴぴぴ、ぴーんち!!
「じゃまは、いなくなったね、セティ」
 うっとり、というか、甘い、というか。目を細めてそんな色気使うな!!
「と、とにかく落ち着いて。何があったのよ」
 これで味方はもういない。このヤマをどう乗り切るか、がんばれ私。
 手のひらを突き出すようにして、レイを静止させた。拒絶された彼はじっと私を見て、シュンとなる。
 シュンって! 
 にあわない! 怖い!
 そんな私の引きつる頬をよそに、彼はポツリと言葉を落とした。
「もしも……私と君が、ずっと昔に出会っていたと言ったら、信じるかい?」
「む、昔に?」
 なんてことを言うんだろう。この人は。
 持ち上げられたレイの顔に張り付いていた表情は、自信なさげで、まるで、祈るような目。
「ついさっきまで私も、覚えていなかったけれど」
「ええ、と。あの、……」
「だが、また逢えた。それは運命だと思わないか」
 もしそれが真実なのだとしたら、運命だと思う。
彼は、選ぶべき「ガラスの靴の姫君」を選ばずに、有象無象の中から、彼は私を拾い上げた。ただ埋もれていた何の変哲もない私の手。もしこの手が、彼の手と、昔触れたことのあった手だったとしたら、それは、それは運命のようだ。
 おもわず唇が震えた、けれど。
「私……覚えてないわ」
 いつのことなのか、どこのことなのか、さっぱり、みじんも。
 その言葉に、彼はどこか残念そうに、でもほっとしたように微笑んだ。

「あぁ、知っているさ。全部、嘘だから」
  1. Index >
  2. novel >
  3. シンデレラ奇譚