シンデレラ奇譚

[ 第5話:魔女の契約(7) ]

「…なんか、失礼なこと言われた気がする」
 家から無事追い出された私は、くしゃみと共にぶるっと体を震わせて、鼻をすすった。このくしゃみが悪口のせいじゃないにしても、このドレス、防寒対策ゼロもいいとこだ。こんな鬱蒼とした森の中でノースリーブ一枚きりとか、ありえない。寒い。かぜひく。
「あのっ。これ、羽織ってください」
 私が馬上で腕を抱いて震えていると、横に待機していた若い兵士さんがためらいがちにそっと自分の上着をかけてくれた。
 ……あったかい。上着だけじゃなくて、こんな親切が。
 あの変人勢に振り回された後だと余計にあったかいものに思える、ほんとに。ほんとに!
「俺が着てたものなんで、ちょっと男臭いかも知れませんけど」
 兵士さんはまだ私と同じくらいの年のようで、はにかむような人懐っこい笑顔を見せてくれた。……そうなんだ。私が欲しいのはこういう優しさであって、非現実的な日常なんかじゃない。あぁ、泣きそう。
「ありがとう、助けてもらったうえに上着まで。……あ、名前教えてくれませんか。返しに行きたいから」
 私が言うと、彼はちょっと慌てたように手を振った。
「そんなのいらな……じゃなかった、結構です。セティ様にそんなことさせるわけにはいきませんので」
 彼が自然体で喋ろうとすると、傍らにいたおじさんの兵士が肘で彼を小突いた。……そんなのいらないのに。同年代に様付けされるのも変な感じだ。
「いえ、ぜひ」
 馬から乗り出して彼の手を取り、精いっぱい笑いかける。さあはやく教えるんだ。私が馬から落ちる前に!
 「私には鉄分やビタミンみたいな「優しさ分」というのが足りないんです。あなたみたいな優しさが!」と声を大にして是非言いたい。いや、さすがに変な子と思われるから言わないけど。
 突然のことに驚いてた兵士さんだったが、わたしの奇行にちょっと吹き出して、笑う。
 うわ、この人の笑顔かーわーいーいー!
「俺は、エリクです」
エリク、茶色い髪と翠の瞳、うん。ばっちり覚えた。
「エリクね、わかった。かならず返しに行くから」
「はい」
 二人で改めて握手をしていると、ちょうど木造のドアが音もなく開いた。
エリクはパッと私から離れると、他の兵士と素早く隊列を組んで直立不動。そして家から王子ことレイが出てきた。ううん、改めて思うけど、王子ってやっぱりすごい身分なのか。
「帰るぞ」
 王子は素早くわたしの後ろにまたがる。私の胸の前で手綱が握られ、わたしからは王子の顔がさっぱり見えない状態。当たり前だけど体は密着しているので、なんか緊張する。
 そうしているうちに馬が歩み始めた。

 しばらくの沈黙。隊列の中に喋る者も居ない。とても気まずい。
 というのも、状況把握のできていない私は王子に詫びも礼も言っていない。この誘拐の原因は王子にあるみたいだけど、壁隊の人々にまで迷惑かけたんだから、さすがに一言くらいお礼を言おうと思った……けど、それ言うタイミングも逃してしまった感じだ。
 すると、やっと頭上から王子の声が。低い、抑揚の無い声。

「無事だったか」と。

 ……あれ、前とはまた違う意味で、へん?

 いつもはもっと丁寧な紳士なのに、こんな怒ったみたいにぶっきらぼうなんて。
 私がいぶかしんで返事に戸惑っていると、こともあろうに暴君レイは突然、私の右肩を掴んでむりやりこっちを向かせようとした。

 おおおおおぃっ! ちょっと待て。ここ歩いてる馬の上!! 落ちるっ!
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