シンデレラ奇譚

[ 第5話:魔女の契約(6) ]

 部屋にはクロエと王子の二人だけが取り残された。クロエは傍らにあった椅子にドスン、と腰掛け立ったままの王子を見上げる。
「……で、あんた自らがお出迎えだなんて、そんなにあの子を気に入ってるのかい。普通の子じゃないか」
 からかうように笑い、クロエは王子の返事を待ったが返ってきたのは
「確かに美しさはない」
 と無表情のままの言葉。
 クロエは大きく溜息をついて、ゴミ山の中からのぞき出ている金の鎖を掴むと、力任せに引っこ抜いた。ガラガラと山は崩れ、現れたのはくすんだ色の金時計。短針も長針もてっぺんを指したまま、針は止まっている。
「これ、みなよ。あんたの止まった感情」
 ずぃ、とさしだし、王子はソレを受け取った。じ、と感情の無い瞳で王子がそれを見つめると、クロエは真面目な顔をして言う。
「秒針がね、一秒だけ動いたんだ……あの日から」
「……そうか」
 王子はやっと返事らしい返事をしたが、その言葉からどんな感情が汲み取れるのかクロエにも全くわからない。
 クロエは呆れたように溜息をつく。
「やんなるよ。こっちが何年もかけて解こうとしてるのに、あんな普通の子がひと月とかからずやっちゃうかもしんないなんて」
 そして、あーあ、と笑う。その笑顔は言葉とは裏腹、どこか楽しそうだ。

「いくら北の魔女の孫とはいえ、君が呪いを解く必要はないと言っただろう。魔女に恩を着せられたくない」
 その台詞にクロエは笑顔をやめて眉間に皺を寄せる。
「あんたはよくてもね、こっちはやなんだよ。自分の身内のかけた呪いが誰かを蝕んでるなんて、目覚めが悪いったらないね。親族の尻拭いはあたしがやるんだ」
 王子は先ほどまでセティが腰掛けていた椅子に座ると、頭を垂れ下げて膝に視線を落とし、ポツリと呟いた。
「だが……そうか。やはり解けだしているのか」
「まぁ、全部ってわけじゃないけどね」
「……正直、わからない。あの子の何がそうさせたのか」

 確かにあの日、呪いは自分に降りかかったはずだ。

 とおい、遠い日のはなし。

「我ながら上手く生きてきたのにな。落ち度のない王子だった。いまじゃ、呪いが解けだしているおかげで醜態を晒しそうだ」

 クロエは笑った。
「で、セティには言わないの?」
 王子は、にこりと笑ってうなずく。いつもの、ウソ紳士スマイルだ。
「同情されたくないからな」
「あらまー。ほんとセティも変なのに好かれちゃったよ。かわいそうに」
 頬杖をついてクロエも負けじとにっこり笑った。本当は、ぜんぜん可哀想だなんて思ってはいない。むしろ楽しくて仕方ないといった面持ちだ。
 おたがいに中身の無い微笑をかわしあっていたが、王子はその笑顔を崩さず怖いことを言う。
「あぁ、そうだ。セティを連れ出すことはちゃんと一言いうんだな。事と次第によっては切り捨てた」
 ためらいもなく【切り捨てる】と言う王子にクロエは笑顔も忘れて「うんざり」のお手本のような顔をした。
「……はいはい、わかったよ。あたしだって、あんたが壁のやつらを連れてくるなんて思わなかったから驚いたっての。すこし抜き打ちで見に行っただけなのに」
 その言葉に、王子はわざとらしく声を立てて笑った。
「はっはっは、女に左右されて国を滅ぼす王も、昔話にはいただろう? おなじだよ」
 壁隊は、他の部隊とは格が違う。そもそも他国にさえ知られていない機密部隊だ。動かすことができるのは、王だけ。本来ならば、王子が動かせるものではない。

 そんな部隊をむりやり動かすほど、気に入っているのか。

「私情で隊を動かすなんて、自分でも信じられないな」
 王子は苦笑して、立ち上がった。
「そろそろ行く」
 そう言ってクロエに背を向けたが、何か思い出したのかくるりと振り返る。
「……あぁ、言い忘れていた。……セティにあの服は似合わないと思うぞ」
 おたがいいつになく、真剣な顔つき。
「ソレについては同意見だね」

 意見がまとまったところで、外からセティのくしゃみが聞こえてきた。
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