シンデレラ奇譚
[ 第5話:魔女の契約(3) ]
城内が――それもほんの一部が、慌しく動き始めた。
政務室にジュリアが飛び込んできたことが、まずはじまりだった。
ジュリアは全くの礼式無しで王子めがけて走りより、息の上がったまま髪を振り乱して叫んだ。
「大変なの、セティがっ」
事の次第を聞き、ジュリアを落ち着かせて下がらせると、王子はひとり小さく溜息をついた。
ジュリアによれば、差出不明のドレスを試着してみたが、セティがいつまでたっても出てこないのでのぞいて見ると、セティは魔女に胸紐を締め上げられて失神し、一瞬で消えてしまった、と。
魔女、という非現実的な単語に王子は心当たりがあった。
「面倒なことになった」
――あのこが、「あの」魔女に攫われるとは。
考えをめぐらせていると、不意にドアがノックされた。
「お呼びでしょうか」
部屋に入ってきた壮年の男性は、片膝を立てて王子にひざまずいた。左の瞼には痛々しい大きな傷跡があるが、年の割に体躯はしっかりとしていて、色濃く焼けた肌に力強さが溢れている。
「オーバン、急いで「壁隊」を貸して欲しい」
「壁隊、ということは……もしや」
オーバンと呼ばれた男は顔を上げて、複雑な表情をした。王子は頷き、半ば投げやりに呟く。
「ああ。セティが、……クロエに攫われたらしい」
「クロエ殿とは、また久しい名でございますな」
「あぁ、最近すっかり忘れていたよ……自分のことなのに、もう今じゃ他人事みたいだ」
王子は笑ったが、オーバンは、苦痛を含んだ瞳で王子を見つめた。
「……それで、どうなさるのですか。壁隊の者どもはこちらで手配いたしますが」
「クロエの狙いは、十中八苦、私だろう。私が迎えに行くしかあるまい。極力少人数で秘密裏に決行する。城から妃候補が攫われたとあっては、国の威信にかかわる。大丈夫だとは思うが、壁隊にも緘口令をしいておけ。……幸か不幸か、セティは私と結婚をするのを嫌がっていたから、彼女の存在はあまり知られていないがな」
そこで口を閉ざし、思う。
……彼女は今、どうしているだろうか。と
自分の助けを待っている?
――まさか。彼女に限って、ありえない。
「案外、……クロエと意気投合しているかもな」
思わず、笑みが漏れた。彼女なら、きっと大丈夫だ。
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