シンデレラ奇譚

[ 第5話:魔女の契約(4) ]

「……あのぉ」
「んー?」
「わたし、そんなにじろじろ見るほど、良いもんじゃないですよ」

 私はウンザリと溜息をついた。かれこれ30分近くこんな感じだ。自称魔女は、私を直立させて自分はその周りをぐるぐると観察しながら回っている。

どうして、こんなことに!

 胸紐を締め上げられたとおもったら、気付けば違う家。どこかはよくわからないけど王城じゃないのは確か。天井は一般の家並みの低さだし、何よりすぐそこに外へ出るちっちゃい玄関がある。
 木製のこじんまりとした魔女の家。
 聞いたわけじゃないけど、そうなんだとおもう。テーブルには配合中の薬草やら蛙やらが散乱していた。いや、テーブルだけじゃない。全部。平積みされた本はあちこちで雪崩を起こし、ある器からは妖しげな色をした煙が立ち昇っている。家中の床はあちこちが焼け焦げ、その上に腐りかけた林檎の皮が散らばっていた。
 魔女の家というよりは、ゴミ屋敷?
 私がそんな風に思っていると、やっと自称魔女さんは声をあげた。
「うーん、わっかんないなー。なんでかね。
ルックス、地位、頭脳、どれをとっても人並みそうじゃないか」

 うるさい、だまれ。そんなの私が一番よく知ってるっての!

 城に拉致されてからというもの、「普通」だの「人並み」だのとよく言われるようになった。……けど、それって私が悪いんじゃなくて、周りのレベルが高すぎるだけだとおもうのよね!
 私がふるふると拳を震わせると、魔女は立ち止まって、腕を組んで唸った。そして私に向き直る。どうやら危害を加えるつもりはないようだ。人質……という雰囲気でもない。
「おじょうちゃん、名前は?」
「せ、セティ」
「そう、セティね。あたしはクロエ・フィネル。クロエでいいよ」
スッと握手を求める手が差し出され戸惑った。この人の意図がさっぱりわからない。
「は、はぁ」
「だーいじょうぶ、とって喰おうって訳じゃないんだからそんなに怯えない怯えない。ちょっとあんたに興味があるんだ」
 勝手に私の手を取ってブンブンと握手。「興味がある」って……。女学校を経験した私には、その台詞はその台詞で怖いものがあるのですが、おねえさん。
 私が怯えていると、魔女ことクロエさんは急に真剣な目になった。
「あんた、あの王子の婚約者ってのに選ばれたんだろう? どんな子なのかと思ってね」

「あの王子」その単語を聞いてふつふつと怒りが込み上げてくる。
あいにく、私の知り合いに王子は一人しかいらっしゃらないわけで。

あー!!
こんちくしょー! またあいつのせいかっ。

「一応、そうですけど、結婚なんてしませんから! 絶対!」
 最後の「絶対」に力をこめて私は主張した。これ以上あいつが原因でわたしの人生をめちゃくちゃにしないで欲しい。
「おー、めずらしい。そんな娘さんもいるんだね。あいつの顔と地位を万人が好むだろうに」
「たしかにそうだけど、さすがに会話も持てない宇宙人と結婚はできないもの」
 私が素直に王子の感想を言うと、クロエさんは噴き出して大笑いをした。
「あははっ宇宙人ね。あんた良いこと言うわ、気が合いそうだ。あたしもアイツは一番嫌いな人種なんだ。何考えてんのかわからないし。人を馬鹿にするし」
 そうそう。こんなに王子の変人っぷりのことをわかってくれるなんて、じつはこの人いい人? 私が深く頷いていると、クロエさんは思い出したようにポツリと呟いた。

「……でも、それならなんでアイツの呪いが解けかけてるんだ?」

のろい?とけかけ?

 私がきょとんとしていると、クロエさんは私を見て苦笑した。
「何も、知らないようだね。セティは」
「知らないって……何を?」
「いや、いいんだ。こっちのこと」
 なんか、仲間はずれの気分だったが、クロエさんはそれ以上何も言わないし、言うつもりも無さそうだ。
……そういえば、この人はそもそも王子とどんなつながりがあるんだろう。何で私を攫ってまで見たかったのだろう? っていうか、そっちが来ればいいじゃないか!
 ぜんぜん話が見えてこない。私は渦中にいるはずなのに、蚊帳の外。理不尽だ。

 私がじっと見つめているのを感じてか、話題を変えようとクロエさんは「あぁ、そうだ」とわざと明るい声で言う。
「王子最近、どんな感じだい」
また唐突な質問を……。
「どんなって……とかく変な人ですよ。……あ、でも」
先日のことをふと思い出す。
あの、寂しそうな目は。
「私と喋っていたら、人間と喋るのは久しぶりだって……言ってた。しかも、自分が寂しいってことに全然気付いてなかったみたいだし」
その言葉を聞いて、クロエさんは目を丸くした。
「寂しがっていた? あいつが?」
「……そんな目をしてたから、聞いてみたら「そうなのかもしれない」って」

 だから、友達になりたいと思った。あの時私に、ベルやジュリアがいたように。

 すると、クロエさんはクスクスと笑った。
「なんてこった。あんた大物だ」
「は?」
「あたしが十年以上もかけてできなかったことを、成し遂げたんだね。何の力も無しに」
「だ、だから何のこと?」
 さっぱりわけがわからない。どうして王子の周りに寄ってくる人は、こうも自分勝手な変な人ばかりなんだろう。宇宙人王子、自称悲劇の少女、と来て、極め付けが魔女!! 魔法って、ありえないから!
 私はこういう非現実的な展開は求めてないのに!
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