シンデレラ奇譚

[ 第5話:魔女の契約 ]

 ここ最近、王子は政務が忙しいらしく、あまり私に構ってこない。といっても、一日に一度くらい顔を出すが、私はほとんどと言っていいほど無視を決め込んでいる。そんなこんなでわたしの気分は上々、こんな日がいつまでも続けばいいのに、と思っていた。そんな今日この頃。

「はいるわよ、セティ」
 ドアのノックと共に現れた友人のジュリアの腕の中には、一つの綺麗に包装された小包が。
「セティ、荷物が届いてるわよ?そこのドアの前に置いてあったんだけど」
 ジュリアはそう言って荷物をテーブルの上において首をかしげた。
「誰かしら? 贈り主の名前が無いのよ」
「贈り主って……そんなのあいつくらいじゃないの?」
 私も近付いてそれを覗き込む。そこには綺麗な文字で「親愛なるセティへ」というカードが挟まっていた。あいにく私は王子の筆跡を知らないが、どうせあいつのことだから最近会えない代わりにこういうものをよこしたのだろう。
「開けてみる? せっかくだし」
 私がジュリアにそう聞くと、ジュリアは笑った。
「それはあなたが決めることでしょう? 本当に王子も無駄なことをするわね。セティったら本当に灰汁(あく)の強い子だからこんなことでなびくわけ無いのに」
 悪意の無い笑顔で、ジュリアは結構ひどいことを言う。……まぁ、確かに事実なのだけれども。
「じゃ、お披露目ということで」
 私はリボンの端を持ってするりと解いた。

「……ドレスね」

「うん」

「なんだか、アレな感じね」

「まぁ、ジュリアの言いたい事もわかるけど」

 私たちが思わず言葉を失ってしまうのも無理は無い。肩の部分をつまんで持ち上げ、全体像を見ると、それはそれは美しいドレスが目の前に現れた。
 高級品に縁の無い私だけれど、これがどんなに良い素材を使っているかは手触りで察することができる。色はルビーレッドとでも言うのだろうか、光沢のある深い赤を基調とし、胸部はなかなかきわどいラインまで開いていて、ソレを胸紐で留めるものだった。上半身に飾りが少なく形もシンプルであるのに対し、くびれた腰からは、つまんだような布が何枚も重ねられ、なかなかボリュームがある。所々に黒のレースが配置されてあり、それもあってか全体的に大人っぽい印象を受ける。
 そして自分の身体に寄せてみて、愕然とした。なによ、このくびれた腰は! 確かに貴族の令嬢は英才教育でプロポーションも素晴らしい。たぶん、このドレスだって臆すことなく着こなしてしまうだろう。でも、それと同様に万人にこんなものが、そう容易くはまると思っているなら大間違いだ。
「あ、あたしこんな腰細くないっ」
「……セティ、そこはたぶん一番最初に突っ込みを入れるところじゃないと思うんだけど」
 そんなことは私だってわかる。で、でもこんなものをいきなり送られてきた時の正しい反応って何。私はドレスを持ったまま困惑してしまった。これ、どうしようか。
 私が迷っているのを察したのか、ジュリアは手をパン、と叩いて愛らしく笑った。
「……着てみたら? せっかく王子がくださったんだから」
「む、むりむり! 私こんなの似合わないわよ!」
「あら、そんなこと無いわ。セティ、あなたって自分で思ってるよりもだいぶ細いのよ」
 私が細いなら、貴女はどうなの。と言おうとしたが、ジュリアの物も言わせぬ笑顔にぐっと言葉を飲み込んだ。さらに追い討ちをかけるようにジュリアは、ずい、と
「さぁ、着てみて?」と、こう言うのだ。
 こうなると、もうジュリアにはかなわない。この笑顔でじっと見つめられると、なんだか言うことを聴かなければならないような気がしてきちゃうのだ。
「わ、わかった。で、でも着れなくっても私のせいじゃないんだからね!」
「ええ、王子の沽券がさがるだけよ」
 そ、そこまではっきりいうと王子が不憫な気もする。と思ったが、口にはしなかった。
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