シンデレラ奇譚

[ 第3話:ブルーベリータルトの罠(2) ]

 ――終わりの見えない口付けがつづいた。
 あまりの出来事に、呼吸困難に陥る。あぁ、鼻で息をすればいいのだ。と気付くまでに数秒を要する始末。突き放そうとしても、彼は私の両手首をまとめてやんわりと掴んで、びくともしない。しかも全部の神経が唇に持っていかれてしまったようで、そこに触れる全てを敏感に感じ取ってしまう。
 そしてそこからは、約束どおりの甘酸っぱいブルーベリーの味がした。

 しばらくしてようやく解放された後、彼は満足そうに意地悪く笑っていたが、反対に私はあまりの驚きに声すら出せず、湿った唇に手を添えて硬直してしまった。
「き、きき、き」
 私は今の行為の名を呼ぼうとして、でも上手くいえなくて壊れたブリキのおもちゃみたいになってしまう。だが、そんな私の苦労など飛び越してレイはサラリと言う。
「もちろん、キスだが?」と。

「ふざけんな。この“腐れすけこまし”がーっ!」

 私はドスの聞いた声で叫び、レイの顔におもいっきり花瓶の水を引っ掛けてその場を逃げ出した。
 一国の王子相手にこんな言葉を使ったら、普通は不敬罪で捕まるだろう。だけどそんなこと今更気にするもんか。ちょっとでも、あいつの口車に乗ってしまった3分前の自分を思いっきりひっぱたいてやりたい気分だった。

「……ファーストキス」

 自室へ駆け込み、わたしは小さく溜息をついた。この年になって、まだキスの一つもしたことが無いなんて、と自分でも思う。男性と付き合ったことが無いわけでもない。でも、キスはしなかった。考え方が古いとよく言われるけれど、でも大切にしたかった。最初のキスは、一番好きな結婚する人としよう。と。その貞節の堅さのせいか、私は何回も振られた。それくらいで愛想を尽かすような男ならこっちから願い下げだとも思ったが、それでも失恋は辛かった覚えがある。

「そんな私の、涙ぐましい努力を、あいつはっ」
 そう考えると、ふつふつと怒りが湧いてきた。
 いつもへらへらしていて、下手したら【とってもイタイ人】になりかねない台詞を巻き散らかして、私の神経を逆なでするスペシャリスト。
 負けてたまるか。キスの一つや二つ、失ってしまったこの際、もうどーでもいい。ただ、あいつに翻弄される自分が情けなくて憎らしい。
「こーなったら、意地でも嫌われてやる」
 ぜったいに、あいつの妃になんてなってやるものか。

「えいえいおー!」

わたしはブルーベリータルトの甘さが残る口で、たからかに叫ぶのだった。

第三話 了

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