シンデレラ奇譚

[ 第3話:ブルーベリータルトの罠(1) ]

 ある日のことだった。あいつがわざわざが呼び出すもんだから最初は何かと思ったのだけど、行ってみると、そこには――

「ふふふ〜んっ」

 おっといけない。差し出された目の前のブルーベリータルトに、思わず口元が緩んでしまう。
 というのも、宝石にも似たある種の輝きが、私を捕らえて離さないのだ。さくさくのタルトに覆われたプリンのようなクリーム。その上に惜しげなく、かつ上品に盛られた瑞々しいブルーベリー。そしてその色の調和を図るように添えられたミントの葉。……お菓子って、本当に芸術品のようだ。コレをフォークで突き崩してしまうのが、もったいない。
 レイが言うには、先日私がブルーベリータルトが好きだといったから、料理人につくらせたのだとか。こういうとき、お金持ちって羨ましいなぁと思う。私には、近所のちょっとお洒落で値段の張るブルーベリータルトでさえ、めったに食べれなかった。
「君は本当にこれが好きだね。そんなに美味しいのか?」
 小さなテーブル越しに、レイが頬杖をついて物珍しそうに私を見つめて言った。私は頬を緩めきったままレイを一瞥もせずに返事をする。
「当たり前じゃない。こんな美味しいもの嫌いな人が何処にいるっていうの?」
「こんな美味しいって……。ただのブルーベリータルトだろう」
 呆れるようなレイの言葉に、私はむきになった。ブルーベリータルトに関して、私は微塵もひく気はない。ブルーベリータルトを笑うものは、ブルーベリータルトに泣けばいいのだ。
「いーの、あたしは好きなんだから」
「……そんなにいうのなら、どれ」
 言うが早いか、手が早いか。レイは一切の躊躇いもなく私の目の前からブルーベリータルトを持ち去り、大きく口を開けて――

 ぱくり。

「あぁああぁぁあぁ! あ、あたしのブ、ブルベ! ひ、ひとくちでっ」

 言葉にも、ならない

「な、何てことするのよ! あたしのタルトなのに!」
 だが、当の本人は私に向かっていけしゃあしゃあと抜かしよる。

「……君は、【俺のものは俺のもの。お前のものも俺のもの】という格言を知っているかい」
「あんた、私にこれ食べさせるために呼んだんじゃなかったのっ?」
 王子は口の端についたタルトの欠片を、親指ですくってぺろりと舐めると、私を不機嫌そうな目で見た。
「……確かにそのつもりだったが、君がそれに気を奪われて、私をまったく気に介さないのはいささか不満だったからね」
 なんちゅー理由よそれ。【弟のできたお兄ちゃんが、ママを取られて弟に嫉妬する】のと同レベルじゃない。っていうか、聞いてるこっちが恥ずかしいわよ。なんでタルト相手に嫉妬してんのよ。
 私が怒りやら恥ずかしさやらでふるふると手を震えさせていると、王子は何か思いついたような顔をして私に向かって微笑んだ。
「まぁ、どうしても君がブルーベリータルトを味わいたいって言うなら、協力しないことも無いが、どうする?」

 ――私はこのとき、気付くべきだった。そして、思い出すべきだった。
 彼の紳士スマイルの奥底に、陰謀が渦巻いていることを。

「え! ほんと? やったー!」
 こんなアホみたいな返事をせずに逃げるべきだったのだ。
「本当だとも。じゃ、さっそく」
 レイは、身を乗り出している私の後ろ首に、そっと手を添えたかと思うと、私をグイッと引き寄せた。
「……なに?」
 疑問詞がこぼれたが、それももう遅い。
 次の瞬間、私の視界はレイに埋め尽くされて

 唇と舌には、柔らかくてちょっと甘ずっぱいブルーベリータルトの味がやってきた。

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