シンデレラ奇譚
[ 第2話:幸薄娘、またの名を灰被り(4) ]
どいつもこいつも、自分の都合ばっかり押し付けて。耐えられない。っていうか耐える義理なんてもともと無い。
「……ねぇ、レイ。こうして本物のガラスの靴の娘が出てきたことだし、私帰っていい?」
「おぉ、やっと名を呼んでくれたか」
レイは私の台詞のほとんどをものの見事に無視を決め込むと、屈託のない笑顔でわしゃわしゃと私の頭を撫でまわす。この人、一体私を何歳だと思っているんだろうか。
そして私が油断していた隙に、その彼の大きな手はすばやく私をグイッと引き寄せ、私は彼の腕の中に捕獲されてしまった。
「んなっ! は、はなしてよ変態。私帰るんだからっ」
この男の顔が間近にあると、一般庶民で男と縁の薄かった私には心臓に悪い。そんなことも知らず、事もあろうに彼は低く小さな声で私に囁いた。
「駄目だ。……それにこの際はっきりしておいたほうが彼女のためにもなるだろうし」
「うぎゃっ。み、みみみっ!」
その声と吐息に、思わず鳥肌が立って転びそうになったが、そこは紳士なのか、それともたらしの性(さが)なのか、王子がしっかりと私の腰に腕を回して支えることに成功している。
「み?」
いきなりの奇声に、流石の彼も驚いたらしく目を丸くして、震えている私を見下ろした。
「み、耳元、で、……喋んないでよっ! あほっ」
私は耳を抑えて裏返った声で抗議した。こんなことするなんて、この男、絶対女に遊びなれているにちがいない。私自身がそんなに異性にもてるタイプで無いため、こういう輩にリードされるとかなり腹が立つ。
だが、そんな私の苛立ちを他所に、レイは私をものめずらしそうに眺めたあと、ニヤリ。と他の誰も見たことがないような、いじのわるい笑みを浮かべた。
「こりゃあいい。案外可愛いところもあるじゃないか。……耳が弱いなんて」
先ほどにも増して、近い。
「……! あ、あんたわざとっ!」
「これがわざとでなかったら何だと言うんだろうね」
こんの腐れ野郎めが。これが一国の王子でなかったら、きっと「ぐー」で手を出していることだろう。我慢している自分を褒めてやりたい。
こうなったら、意地でも可愛らしい悲鳴なんてあげてやるもんか……。って、
あれ。なんか、忘れてないか。私。
「……酷いですっ、私ばっかりのけものにして、王子様を独占するなんて!」
あぁ、そうだ。この子の存在だ。
……そして私はこれから小二時間、耳元の悪魔と目の前の疫病神に散々付き合わされることとなる。
第二話 了
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