シンデレラ奇譚

[ 第2話:幸薄娘、またの名を灰被り(3) ]

「あの夜は、私の哀しいことだらけの人生の中で一番すばらしい夜でした。行けないと思っていた舞踏会も、魔法使いのおばあさんが連れて行ってくださったんです。……王子様はそれはもうお優しくて美しくて、十二時に別れなければならない魔法の契約を、どれほど恨んだことか」
 シンディは涙をぬぐうと、今度はうっとりとその日の出来事を熱っぽい声で語った。魔法使いとか契約とか聞こえたけど、それはたぶん私の空耳だということにする。もう深くは突っ込むまい。
「名前をかたることはできませんでした。……新しい姉さまとお母様も来ていましたから。ですが、私は王子との別れの際に、階段にガラスの靴を残しました……ソレを手がかりに私の元へ来てくださることを信じて」
 その言葉を聞いて、私は唖然としてしまった。……偶然ではなく故意に靴を残した辺り、この子も相当の性格をしていると思う。ただ、靴を残すって手は感心できないけど。
 ほら、現に私が誤解を受けたし!
 そしてなおもシンディは続けた。しかも今度は非難の目で私を見つめながら。
「靴の持ち主を探すおふれが出たときは、心底喜びました。……なのに、なのに!」
 もうこうなったら手がつけられない。シンディの悲劇の少女スイッチが再びオンになってしまったらしい。「ひどいです」と繰り返し私を非難するシンディを前に、最初はこのどつぼにはまった経緯を説明していたものの、いいかげんその気にもなれなくなってきた。元はと言えば、私だって好きでここに居るわけじゃない。私の方が被害者だ。しかも、この悲劇の少女の靴のせいで。
「あのね、そういうことは私じゃなくて、あいつに言ってくれる? っていうか、あなたが婚約者の座を取り戻すことに関しては大歓迎なんだから」
 座り込んで泣いているシンディにそう言うと、シンディは顔を上げて、そして次の瞬間目を輝かせた。しかし、その視線の先は私ではなくもっと後ろの――

「“あいつ”とは、もしかしなくても私のことか?」

 視線を追うようにして後ろを振り向くと、そこには見惚れるような笑顔をしたこの国の王子が立っていた。
「うげ。お、王子……いつからそこに」
 女の子としてはあるまじき声をあげて、私は彼に尋ねた。
「つい今だ。乙女のすすり泣く声が聞こえたものだから。……この子だったとはね。
 まぁ、そんなことはそれはどうでもいいが。セティ、“王子”とか“あんた”だなんてつれない呼び方はしないでくれるかい。婚約者なんだから」
 にこりと笑って私の長い髪を掬い手に取ると、彼はそれに口付けた。キザったらしい砂吐くような行為だけど、似合ってしまうのが癪に障る。だが、私が抗議するよりも早く、それを見て「どうでもいい」呼ばわりされたシンディが力なく悲鳴をあげた。
「ひどいっ。目の前でそんなことするなんて、あんまりです。セティさんっ」
「え、私なのっ?」
「私への当てつけなのね。私の不幸を見て楽しむなんて、酷いっ」
 そんな、ばかな。ここは普通王子……じゃなかった。レイを怒るべきではないだろうか。私は何にもしちゃいない。
 今までさめざめと泣いていたシンディの声が一オクターブ高くなり、大声になる。
「あ、あの……シン」
「しかもシンデレラ<灰被り>って呼ぶなんて!」
 シンディと呼びかけた台詞が彼女によって、しかも間違った方向に奪われてしまう。あーもう訳がわからない。
 私は助けを求めるように彼女の義姉であるベルを見つめた。ベルは申し訳なさそうにぽりぽりと頬をかき、呟いた。

「すまない……。シンディは、被害妄想も激しいんだ」

 んなこと、言われなくたって見ればわかる。

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