シンデレラ奇譚

[ 第2話:幸薄娘、またの名を灰被り(2) ]

 部屋に通された少女を見て、私は思わず呼吸を忘れた。ベルとは正反対の金の髪と、雪のように白い肌に浮かぶピンクの頬。あまりにも細くくびれた腰。だけれどその上部にある二つのふくらみは決して……決して貧相ではない。
 少女は目を伏せがちに部屋に入ってきた。ベルとは違う本物の「物憂げな」表情は、女である私ですら保護欲をくすぐられる。身なりこそ貧しいものの、彼女が纏う雰囲気は品のいい穏やかなものだった。
「シンディ」
 ベルが彼女の名を呼ぶと、少女はパッと顔を上げて、まるで迷子が母親を探し当てたときのように満面の笑みを見せた。
「お姉さまっ」
 そしてそのままおぼつかない足取りで、少女はベルに抱きついた。

 今後の参考として言っておくが、私たちはこの城にくるまでは王都のそれなりに名のある女学校に通っていた。私たちは最上級生で、「おねえさま」と呼ばれることに違和感はない。

 ない、けど

「……セティ、言いたい事はわかるわ」
 ぽん、と私の肩を叩いてジュリアが一つため息をつく。抱き合う目の前の二人(ベルは明らかに引いている)は、それはそれは学校の下級生が見たら喜びそうな光景だった。儚げで美しい美少女と、男にも負けない凛とした空気を纏う美女。あの学校の一部の生徒は、こういうシチュエーションに目がない。もちろん私たちは断固として違ったけれど。

「ベル。改めて紹介してくれるかしら?」
 いつものにこやかさを取り戻してジュリアが二人の抱擁に水をさした。ベルはこれ幸いに、と。そして少女は口惜しそうにゆっくりと身体を離す。
 ベルはジュリアの問に苦笑すると、こほん、と一つ咳をした。
「あー……そうだね。ちゃんと言ってなかった私が悪い。……彼女の名前はシンディ=オルセット。私の義妹。私の母とシンディの父が再婚して姉妹になったんだが、母はすぐに亡くなって……。で、義父がまた再婚することになったものだからそれに乗じて私は家を出た。何の血も繋がりもないのに私を養わせるなんて、きっと父を複雑な気分にさせてしまうから」
 ベルらしいと思う。家を出るだなんて不器用なやり方だけれど、義父と、そしてまた新しく来る義母に遠慮したのだろう。
「へぇー。そうだったんだ。初耳」
「ちょっと込み入った事だから話せなかったんだ」
「いいのよ。気にしないで」
 私は少しだけ頷いてみせた。ベルの両親が亡くなっていることは知っていたが、流石にそれ以上を彼女から聞きだせるほど、私もジュリアは不躾な女ではない。そしてシンディはというと、その話を聞いて、大きな瞳に今にもこぼれそうなほどの涙を浮かべている。
「そんなことないわ。お父様も、お姉さまのことをあんなに大切に思っていてくださったのに……」
「知ってる。だから、迷惑はかけたくなかった。……それはそうと、シンディ。今日はどうしてここへ?」
 ベルの問いかけに、彼女の肩がびくっと動く。そして、今まで涙をぬぐい伏せていた顔を上げて、ゆっくりとジュリアの方に向き直った。その顔には、「絶望」という言葉がよく似合う。
「……そうだわ、私そのために来たの」
 そう言った途端、彼女の眉根は下がり、嗚咽と共に彼女は泣き始めてしまった。そして次の瞬間ジュリアの肩をガシッとつかむ。

「わたしが王子様と結婚するはずだったのにっ。ひどいですっ」

 ジュリアの肩をがくがくと揺さぶるシンディ。思わず私たちは目を丸くして、泣き濡れる美少女を見つめた。揺さぶられているジュリアは私の方をチラッと見て、申し訳無さそうに呟いた。
「……えっと、それ私じゃなくて、あっちのセティよ?」
 ソレを聞いて、ぴたりと少女の手がぴたりと止まる。そして差し向かれた指の向こうにいる私を見つめて、素っ頓狂な声をあげた。
「え?」
「だ、だから……王子の婚約者は、彼女なの。私は、ただの友人で」
 ジュリアの説明に、シンディはこれでもかと言うくらい呆然としている。
「そんな……お姉さまの次に美しいのはあなただから、てっきり……。それが、あんな普通の方だなんて……」

 普通で悪かったな。

 私が心の中でそう毒づいている間に、いつのまにかジュリアは解放されて、彼女は私の前にいた。そしてまた先ほどと同じようにさめほろと泣くのだ。ベルは小さくため息混じりに私に言った。
「ごめん、セティ。シンディは……涙を流すのにコンマ一秒もかからないんだ。しかも悲劇の少女スイッチが入ると、……なかなか泣き止まないクセが」

 ベルの言葉に「わたしだって悲劇だ」と、思わずこの目の前の少女にむかって泣きたくなった。

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