シンデレラ奇譚
「ひどいです、ひどいです……。ガラスの靴は私のものなのに」
「あのね、私もそれは言ったのよ? 私はガラスの靴の持ち主じゃないって。でも、それでもこいつが結婚するって言ったのよ。……もちろん、する気なんてないけど」
「だから、“こいつ”ではなく、“レイ”と呼んでくれないか。セティ」
「あんたは出てこないで! ややこしくなるからっ」
「……酷いっ。そうやって二人の世界を作って私をのけ者にするっ」
[ 第2話:幸薄娘、またの名を灰被り ]
私がこの城に拉致されてから、かれこれ二週間がたとうとしている。私があの交信不能な宇宙人……もとい、この国の王子と根性で交渉に交渉を重ねて勝ち得たのは、
「じゃあ、そんなに言うなら結婚までの猶予は半年設けてあげよう。その間に腹を括りたまえ」
というこの台詞。さすがに結婚を白紙にすることはできなかったが、繋がらない会話の中で、われながらよく頑張ったと思う。うん、あたしえらい。ようするに、この半年でどうにかして王子に見捨てられなければならないのだ。
「がんばったわねぇ、セティ」
「……まったく。一国の王子相手に感心するよ」
やんごとなきお茶を啜りながら、見慣れた顔の友人二人がそう言った。ちなみにこの友人二人は「王子の婚約者の同居人」という特権をこれでもかと振りかざして、この城で私と一緒に生活を共にしている。たしかに、あの家の家賃を二人で払うにはきつかったかもしれないが、それだけではないだろう。彼女たちの目的は、優雅な生活ではない。……この二人は、私の不幸を楽しんでいる。私のピエロっぷりを。
おっとりとしてはいるものの、たまに入れるツッコミが切ないくらい痛いジュリアと、背が高くてちょっと男らしいベル。なんだかんだ言いつつも、私達の付き合いはそれなりに長い。
「それにしても、わるいわね。あなたのおかげでこんなにいい生活ができるなんて」
ジュリアはそういって微笑んだが、その様子には言葉とは裏腹、少しも悪びれた様子はない。
ジュリアは髪の毛もふわふわとした砂糖菓子のような娘で、彼女とはじめて会った男は、大抵この笑顔に騙される。そして彼女の悪びれない鋭いツッコミに無残に散ってゆく。
対するベルは、昔から女の子に異様にモテた。ショートカットのプラチナブロンドと、大きくて優しさと鋭さを兼ね備えた青い瞳は、ある一部の人々にはどうやらたまらない代物らしい。彼女らいわく、「ベル様はあのいつも物憂げな表情がいいんですの」とのことだが、はっきり言うとベルは物憂げにしているのではなくて、あれはただ「眠くて起きているのに必死なぶっちょう面」なのだ。夢を壊すのは不憫なのでそのときは何も言わなかったけど。
そんなベルが口元に優雅な笑みを浮かべて、紅茶を啜ると呟いた。彼女の家は何代か前まではそれなり名のある貴族であったらしく、こうして没落しても彼女の品のよさはにじみ出ることが多い。
「確かに、私たちがこんな生活をしていられるのもセティのおかげ。それに、王子とお前のやり取りを見るのもなかなか面白い……っと、これは失言か」
わざとらしく、二人が笑った。
「あー、はいはい。あなたたちにしてみれば私と王子もただの道化ね」
そんな、わたしの唯一のくつろぎのひと時を邪魔するノックが部屋に響いた。
私はひとつ咳払いをして返事をする。
「どうぞ」
いつもならありえない穏やかで女らしい声音に、友人二人は声を殺して笑っている。あー、くそう。
部屋に入ってきた男は、儀礼的に立礼をすると手を胸に当てたままハキハキと用件を述べた。
「セティ様にお客人です。通すことはきない伝えたところ、『シンディと言えばわかってくださる』とのことですが、いかが致しましょう」
しんでぃ?
悪いが、わからない。私にそんな名前の知り合いは居なかったはずだ。もしかして、わたしの知らないところで親戚が増えているのだろうか。
「……シ、シンディ? もしかして、長い金髪の十六くらいの女の子?」
突然そう言ったのはベルだった。今にも手に持っていたティーカップを落としそうなくらいびっくりしている。彼女がここまで動揺している姿を見るのも珍しい。
ベルはネズミもゴキブリも「ドンとこい」な肝の据わった性格をしている。彼女が動揺していたといえば、二年ほど昔に、告白してきた女の子に奪われるようにキスされたときくらいだ。
「はい、その様な外見でしたが」
「ベル、知り合い?」
ジュリアの問いかけに、ベルは冷や汗らしいものまでかいて頷いた。
「わたしの……妹だ」
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