竜の花嫁
[ 七:それでもこれは ]
彼のいう通りだった。自分は、この国に愛されている。
母国へと帰還し、最初に見たもの。それは、歓喜の色。お祭り騒ぎのように、国中が浮き立っていた。「姫様のお帰りだ」と、誰もが笑っていた。その、自分を愛してくれている国を繁栄させるためならば、この身を差し出すことなど厭わない。だから、政略結婚など、痛くも痒くもなかった。
……そのはずだった。
「お綺麗ですよ。姫様」
侍女がティアナの髪を解かしながら、うっとりとした声でそう言った。
純白のドレス。
光るティアラ。
誰もが憧れる、花嫁衣裳。
「明日はいよいよ、婚約ですわね。姫様が大陸に行ってしまわれるだなんて、さびしゅう御座います」
ほぅ。と、侍女のせりふにもため息が混じる。ティアナは、鏡越しにこの人のいい侍女を見てクスリと笑った。
「えぇ、そうね」
「でも、羨ましいですわ。今日は練習ですけれど、あんなに盛大な結婚式、わたくし見たことありませんもの」
ぱちん、と最後のピンを外して侍女はティアナに微笑みかけた。ティアナは、先ほどとおなじように「そうね」と答えて笑った。
婚礼の段取りの確認も終わり、ティアナは自室にこもっていた。ふと、窓の向こうをいつかの日と同じように見つめて、ティアナは思った。
空が、何処から見ても青いままそこにあるように、この月もまた、何処から見ても銀に光り輝いているのだろうか。
彼の地からも。
「……エドヴァルド」
この国に帰ってきてから七日目。初めて、その名を呼んだ。
懐かしい響きが口の中に残り、切なさに目頭が熱くなる。
「あ、あれ……変。なんで、涙が出ちゃうの」
彼の優しく低い声が聞きたかった。その声で、名を呼んで欲しくてたまらない。
彼は何をしているだろう。誰といるだろう。やはり独りでいるのだろうか。独りで、こんなに寂しく綺麗な月を見ているのだろうか。
……結婚式なんて、挙げたくない。今すぐ、ここから逃げ出して会いに行きたい。
「エドヴァルド」
これは、ありえない感情。誰も祝福しないであろう感情。異常だとされてしまうかもしれない。拒否されるかもしれない。
でも、もう認めるしかない。
こんな風に涙まで流して、隠しとおせるわけがない。
「こんなに遠く離れて、今更気付くなんて、馬鹿みたい」
だけれど。
だけれど私は、この感情の名を、一つしか知らない。
例え神がゆるさなくても。
「ねぇ、……助けて」
それでもこれは
「……わたし、あなたがすきなの」
これは、恋だった。
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