響き渡るファンファーレ。ちらちらと舞う金銀色とりどりの紙ふぶき。その中心にいるティアナは、縫い付けた様にきつく閉じた瞼を、ゆっくりと持ち上げた。
自分は、王女だ。自分の迷いは、国民の憂いとなってしまう。腹を括ろう。
すべては、この国のために。
「ティアナ、よいか」
「はい。今行きます」
国王に背を押され、ティアナは立ち上がった。
婚礼は、滞りなく進められた。残るのは、指輪の交換と誓いの口付けのみ。これで、全てがリセットされて、新しい世界が始まるのだ。あの数ヶ月は、全て思い出の中に沈殿していって、いつか色も褪せてゆくだろう。
そう思う。そう、ねがう。いつまでも縋ったままでは。苦しすぎるから。
ティアナは、口付けを待ち、瞳を閉じた。
だが、いつまでたっても、来る様子がない。
悲鳴だけが、会場に響き始めている。
(悲鳴?)
晴れの婚礼で、悲鳴が上がるはずなどない。ティアナは目を開けて、言葉を失っている王子を含めた皆の視線を追い、そして彼女もまた言葉を失った。
「約束どおり、助けに来たぞ。ティアナ」
低く、優しい声。
自分の名を呼ぶ、彼は。
「エドヴァルドっ」
気高く優しい魔獣が、そこに。
「助けてくれと、言っただろう? 遅くなって、すまない」
彼は、いつも通り真面目な顔で言った。
「あ……」
ティアナの頭の中が、真っ白になる。
気付いたら、人の手を振り払い、塔のてっぺんを目指して階段を駆け上がっていた。走りにくいドレスのすそは引きちぎり、ただひたすらに。
われに返った兵士たちが、追いかけてきたが、もう遅い。ティアナは、窓に足をかけると、
その身を虚空に投げ出した。
怖くなんて、ない。そこには、彼がいてくれるから。
「エドヴァルドっ」
大好きな背中に着地して、彼の首に抱きついて、ティアナは花がほころぶように笑う。そしてその笑顔で、下を見下ろすと、大きく手を振って叫んだ。
「皆、ごめんなさいっ。わたし、この結婚はできませんっ」
父は泡を吹いて倒れ、王子は泣きじゃくり、……なぜか、相手方の国王は腹を抱えて笑っている。国民は彼女の笑顔に毒気も抜かれたように、ただ呆然としていたが、すぐに結婚式の仕切りなおしだといわんばかりのファンファーレを奏ではじめた。なんてお気楽な国だろうか。
「帰りましょ、エドヴァルドっ。……私たちの城へ!」
そして、今度こそ伝えよう。この気持ちを、優しすぎるこの竜に。
前途は、果てしなく険しい。でも、なんとかなりそうな気がする。
なんとか、やっていけそうな気がする。だって、彼がそばにいるだけで、こんなにも倖せな気持ちになれる。
そして、いつかは
「わたしね、竜の花嫁になりたい」
いつか。遠くない、いつか。
この竜と一緒に心から笑える日が、くればいい。
<完>
読了ありがとうございました。