竜の花嫁
[ 六:解放 ]
襲撃から、しばらくが経った。
「喜べ、ティアナ」
ある晴れた日。エドヴァルドがティアナの部屋を訪れてそう言った。一体何を喜べというのだろうか。ティアナは首をかしげて、寂しそうに笑む竜を見つめた。
「お前の母国が、条件を呑んだぞ。お前は、晴れて自由の身だ」
喜びにも、戸惑いにも、そして悲しみにも似た衝撃。
「本当、に?」
聞き返さずにはいられなかった。エドヴァルドはティアナの問いかけに深く頷くと、鳥が隣国から運んできた文をティアナに渡した。汗ばむ手で受け取り、穴があくほど凝視すると、そこには確かに自分の父がしたためた契約のサインがあった。
これで晴れて、自由の身。
「嬉しいだろう。やっと国に帰れるんだ。……お前は、よほど国に愛されているようだな。国民全員が、あの条件を呑んででも姫を取り戻したかったらしい」
エドヴァルドは笑っていた。いつものような穏やかさで。でも、いつもよりも、寂しそうに。
「いままで、すまなかった……。こんなことに付き合ってくれて、とても感謝している」
エドヴァルドはそう言って、いつものように深く頭を下げが、その立礼は、どこかよそよそしかった。
薄い一枚の隔たりが、そこにあった。
まるで、出逢ったばかりのころのような。
もしかしたら、この竜は、すべて無かったことにしようとしているのではないだろうか。
一緒に、町の上を旋回したことも。
一緒に、人間の料理を作ったことも。
一緒に、美しい花を、夕焼けを、朝日を見たことも
すべて。
心を、開いた日々のすべてを。
「……あなたは、いいの?」
「何が」
「私が帰ってしまったら、あなたはまた独りだわ」
「一人じゃない。この城にはたくさんの召使たちがいる」
ちがう。そんなことを、私は言っているんじゃない。と、叫びたかったが、それはできなかった。
そう言ったところで、どうする。この城に、残るか? いや、そんなことはできない。
さいしょから、この結末を望んでいたのだ。
竜が殺される心配もなく、姫が国に帰れることを。
望んでいた結末だった。
喜ぶべき、解放だった。
なのに、どうして、こんなに苦しい。
答えを出すのが、怖い。
気まずい沈黙を殺すように、エドヴァルドが低い声でティアナを呼ぶ。
「来い。こっちに転移魔方陣がある。これで、城に帰れ」
拒否する理由など、何処にもない。どこにも、ひとつも、ない。なぜか、それが悲しい。帰らなくてすむ理由がほしいと思ってしまう。……思ってはいけないことなのに。
ティアナは案内されるがままに、その魔方陣の上に立つ。
……そして最後に、その瞳に気高く優しい魔獣を映すと、別れの言葉さえ、言えぬまま
ティアナの世界は、暗転した。
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