竜の花嫁

竜の花嫁

[ 四:ラズボスか英雄か ]

 それが現れたのは、のどかな昼下がり。ティアナとエドヴァルドが、雑談していたときのことだった。
 エドヴァルドは、体を横たえており、ティアナはそれを椅子の背もたれのようにして寄りかかっていた。最初のころでこそありえなかったが、最近では当たり前の距離だった。
 ティアナが自発的に人質になることを進言した前と後では、置かれた状況や人質としての待遇に変化は無かった。しかしうらはらに二人の関係は緊密になる一方で、一緒に空を飛ぶのはもちろん、そうでなくても、些細な出来事を二人で分かち合うことが増えた。この城には城主の彼と、魔物の召使が多少居るだけで、親族や友人は見たことが無い。いつもティアナと居て、彼女の話を聞いている。
 話が「今日の夕飯は何か」になり、ティアナが「また一緒にカレーを作ろう」と主張したとき、エドヴァルドがふと、何かに気付いたらしく首をもたげた。
「ティアナ、私の後ろに隠れろ。……早く」
 彼はティアナの耳元で口早にそう言うと、その巨体を起こした。
「え?」
「……侵入者だ」
 その言葉に、緊張が走る。ティアナは言われたとおりに、素早くエドヴァルドの後ろに隠れた。複数のかけてくる足音が聞こえる。ドアの前で、その足音が一瞬止み、次の瞬間――

「姫! 助けにきました!!」

 ドアが蹴破られて、青年が現れた。それに続いて、仲間らしき男女三人が部屋に侵入してくる。そして青年はエドヴァルドを見るや否や、雄たけびを上げた。
「あぁ、なんと醜い化け物だっ。この勇者が成敗してくれる!」
 青年は、腰に携えた剣を抜くと、エドヴァルドに向かって突進してきた。

 ぺちん

 エドヴァルドの逞しい尾が、突進してきた青年の体をハエでも叩くかのように打ちのめす。仲間の下へ飛ばされる青年――もとい、自称「勇者」は、身を起こすと躍起になって叫んだ。
「い、今のはちょっぴり油断しただけだ!! 姫、待っていてください。この化け物からあなたを救い、その暁には結婚式を!!」
 熱烈な、愛の告白……と受け止めればいいんだろうか。目の前の青年にはまったく見覚えが無いけれど。
「え?」
「救われた姫が勇者に恋をして結婚するのは英雄譚のセオリー! あぁ、心配なさらないで姫。この化け物が大地に沈むころにはあなたもきっと私にぞっこんですっ」
 自分に陶酔する勇者を横目に、エドヴァルドが当惑した声で尋ねた。
「なんなんだ。この者は……」
 ティアナは「知らない」と答えようとしたが、それを打ち消すかのように、青年が叫ぶ。
「良くぞ聞いた! 私は由緒正しき勇者の血を引くもの、アレックスだ!! 冥土の土産にその名を愚かな脳に刻むがよい」
 要は、熱血ヒーロー様か、とティアナは多少ばかりため息をついた。父が彼を救助隊としてこの城によこしたのだろうか。たったこれだけの人数で、何の作戦もなく正面から来るとは……。何だか緊張した自分があほらしく思えた。国は、本当に私の帰りを望んでいるのだろうか。……疑いたくないけれど、疑いたくなる。
 
 そもそも私は、帰りたいんだろうか。

「……よし、接近攻撃が駄目なら、これでどうだ! うなれ! 聖なる矢、ホーリーアロー!!」
 ティアナの思案をよそに、青年がそのまんまの技名を叫ぶと、手のひらに光る矢らしき物が現れた。ソレを見て、背後の仲間たちの顔が青ざめる。そしてそのうちの一人である僧侶らしき人物が叫んだ。
「止めろ、アレックス!! おまえ、自分のノーコンを忘れたのかっ」
 その言葉に青年はウィンクを返してこう叫ぶ。
「大丈夫!! 今日は当たりそうな気がする!! なんてったって、ラスボス戦だからなっ。いけえぇ!!」
 何ともご都合主義。しかし、そのとおりにはならないのが現実。

 ノーコントロールな矢はエドヴァルドを掠めることなく、大きくカーブをして

「ティアナっ」

 エドヴァルドの焦る声。
 矢は、背後のティアナに。

 ティアナは、思わぬ方向から迫り来る矢に、ギュッと目をつぶった。
 だが、いつまでたっても痛みはこない。そのかわりに伝ってきたのは、頬に生暖かな感触。
 目をあければ、そこには

 苦痛に顔をゆがめる彼の顔が。自分の頬には、滴り落ちてくる赤い液体が。

「エドヴァルド!」

――翼を矢に貫かれたエドヴァルドが、そこにいた。

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