竜の花嫁

竜の花嫁

[ 一:攫われた宝 ]


 ため息をつくと幸せが逃げるという。順序が逆だといつも思う。幸せが逃げていったから、ため息をつくのだ。

 ティアナはもうすぐ海の向こうにある国に嫁ぐ。

 そこにティアナの意思は無かったが、相手は大国なので、こちらに拒否することはできない。当人であるティアナからしてみれば迷惑千万もいいところ。
 向こうの王子とは何度か会ったことがあるし、話をしたこともある。お世辞にも見目麗しいとは言えない風貌であったが、それだけならば目を瞑っただろう。だが醜いのは風貌以上にその心根で、彼は自分の思い通りにならないことがあれば駄々をこね、力でねじ伏せる。その上極度のマザコン。およそ人の上に立つとは思えない人間だった。甘やかされて育ったゆえだろうか。一応正室としての輿入れではあるが、あちらにはすでに側室らしい女性も何人かいるらしい。
 ティアナも、むかしから「美姫よ宝よ」といわれ周囲に愛され育てられた。その言葉にふさわしい容姿をしていることも、自意識過剰でない程度に自負している。しかし、ティアナはそれを鼻にかけることはない。わがままや駄々をこねるなど、もってのほか。

 ティアナは国家繁栄のための駒にすぎない。そのことを自身がよく理解していた。

 他国へ嫁ぎ、夫を支え、子をなす。これはありふれた政略結婚。いつか、縁談話が来るだろうと思っていた。それがティアナの役目であり、血税でティアナを支えてくれた国民への恩返しである。心構えも教養も教え込まれて育ったのだ。立派に役目を果たそうと使命感をもちながら、16の今日まで生きてきた。

「それが、よりにもよって……」

 あんな男に一生を捧げるなんて。これではため息もつきたくなる。
 父王はすっかりその気になっているし、それどことか、手ぶらでは他の姫と差をつけることができぬと躍起になり、婚礼の記念に隣国にいる竜の首を献上することを計画していた。

 隣国には王がいない。そもそも、外交や貿易どころか人の往来もないので、人間がいるのかどうかもわからない。そんな土地を国と呼べるかは怪しいが、広大であるため、人々は「国」と呼んでいる。国境には、国を抱くように森が延々と続いていて、人の往来がないのはその森のせいであった。なんらかの術がかけられていて、人間が侵入すると森は迷路のように変化する。いくら探索しようと、いつの間にかもと来た入り口に吐き出されてしまうのだ。しかも、その森の中で魔物や怪物と言われる生き物が目撃されている。
 無益どころか怪しく危険な土地を望むものはいない。隣国がいままでどの国にも属さなかったのはそういうわけだ。
 だが、今度ばかりは父も本気らしく呪術師やら魔導士やらを集めて策を講じている。もしかすると、もしかするかもしれない。万が一にも竜の首が獲れたなんてことになれば、この縁談はたちまちまとまってしまうだろう。

 どうにかならないものかと頬杖をついて瞑想する。すると、城下のほうからたくさんの悲鳴や怒号が聞こえてきて、何事かと窓を開けて身を乗り出した。しかし、下からすさまじい突風が浮きあげ、ティアナの体がぐらりと揺れる。
「あっ」
 床に転げ落ちて尻餅をつき、思わず目をつぶる。そしてまぶたを持ち上げたとき、ティアナは瞬きも忘れて、息をのんだ。

 窓の外には、全身をうろこで覆われた気高き魔獣――ドラゴン――が翼を広げていた。

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