玄関のドアが、がちゃり、と閉じられた。もう、きっと二度とこのドアを開けることも、くぐることも無い。少し感傷に浸りたい気分だったけれど、そんな暇は私には無い。あと少しすれば東の空も白み始め、人に見つかりかねない。 私は家の最後の境目である門扉に手をかけた。すると、私の足元を金色の何かがよぎる。 「クゥーン……」 ジョンだった。 「ジョンっ……。お前も、また、あの世界に生きたいの? もうここには帰ってこられないのに?」 私の足元で行儀よく『おすわり』をしたジョンは、問いかけにパタパタと尻尾を振る。 「……お前は、ここに残ってもいいのよ。私に気を使わなくてもいいの」 私がそう言うと、ジョンは足にすり寄って来て小さく「クゥン」と鳴いた。ゴールデンレトリーバーの長い毛並みが気持ちいい。 「……わかった。いっしょにいこっか」 私はジョンの頭を撫でると、彼に縄もかけず、『あの日』のように裏山へ走った。 あの日と違うのは、前方を行くジョンを追いかけても、私の息が切れなくなったこと。少しは、あの世界で私も鍛えられたのかもしれない。 「ジョンっ」 私より一足先に裏山の頂上についていたジョンは、やはりあの日と同じように魔方陣の上で尻尾を振っていた。 「……よかった。まだ、あった」 こちらの世界ではまだ一日しかたっていないのだから、と。半ば祈るような気持ちだった。私はホッと胸をなでおろすと、その魔方陣に歩み寄る。そして、そこでふとあることに気付く。 「光が、弱い?」 考えてみれば、当たり前だった。この魔方陣は、あの日私をあの世界に呼ぶためにあったもの。その役目は、もう終えているといっても、過言ではない。その証拠に、あの日、私が乗っただけで発動した魔方陣は、今は私が乗っても光が少し増える程度だ。 「……どうしたら」 あの世界なら、私にも多少なり術が操れた。だが、ここは魔法もスペルも存在しない世界。この魔方陣すら、ここに存在するためだけに、膨大な魔力を使っているはずだ。 「……どうしたら」 気持ちばかりが焦って仕方ない。ジョンもまた、心配そうに私を見つめている。 無理を承知で、知っている術を全部唱えたが、何も起きない。 「そんなの、いや」 私はかがみこんで、地面を両腕で叩きつけた。ただ、ただ、己の無力さが悔しい。 せっかく、まだ世界は繋がっているのに。なのに、どうすることもできないなんて。 「動いてよっ、お願いだから!」 何度も、何度も、癇癪を起こした子供のように叫びながらたたきつづけた。 だが、不意にジョンが大きく鳴いて、私の腕が止まる。 ジョンは、何か緑に光るものに向かってしきりに吼えていた。どうやら、私の胸ポケットから落ちたもののようだった。 「それ、もしかして」 見覚えのある光だった。手にとってみて、思わず息を呑む。 「指環……」 ティータが、最後にくれたもの。魔鉱石『ジュライ』の結晶。 向こうの物質は、全て失ったと思っていたのに。 「……これならっ」 私はその指輪を左薬指にはめると、ジョンを引き寄せて大きく息を吸った。 「ティータの、元へっ」 指輪が鈍く振動して、ソレに呼応するように魔方陣から光が溢れ出てくる。 まるで、あの時と、同じように。 <<BACK NEXT>> |