シンデレラ奇譚

[ 第8話:ショコラの微笑み(4) ]

 出来上がったケーキを箱に詰めて、王子がいるはずの政務室に足を向ける。そういえば、男の人に何かプレゼントするって、かなり久しぶりかもしれない。最後に男の人と付き合ったのが、一年以上昔だ。しかし今回は嫌がらせのために相手の嫌いなものを贈る、という趣向の間違ったプレゼント。……なのに。
「今までで一番気合入れて作ってしまったわ」
 コックさんのせいなんだけど、結果的に過去一番の手の込んだプレゼント。あーあ、どうせなら喜んで食べてくれる人にあげたくなっちゃう。でも、当初の目的を、忘れちゃいけないのだ。私は、王子に見放されなくてはならない。よし。
「王子、いる?」
「王子、じゃないだろう?」
 扉を開けながら呼びかけると、間髪無く返事が返ってきた。部屋を見ると、私が並びをばらばらにしておいた本は、すっかり元通りになっている。のんびり本をめくっている王子は、どうやら忙しくはなさそうだ。
「渡すものがあるのよ」
「渡すもの?」
 首をかしげた王子の前に、白い箱を差し出した。一人で食べるにはちょっと大きいかもしれないサイズ。甘いものが苦手な人ならば、苦しいに違いない。
「開けてみて」
 さぁ、いやな顔を見せてよね。どきどきしながら、王子の手が箱に触れるのを見つめた。おいしく食べてもらえないのはちょこっと残念だけれど、王子の嫌な顔を見れたらそれでよしとしよう。
 箱を開けると、そこには粉雪のような砂糖が降りかかった茶色くてまあるいガトーショコラ。室内に、ほんのりとショコラの香りが漂う。
「ガトー、ショコラ、か」
 箱を開けた王子は、目を丸くした。嫌そうな顔ではないにしろ、これはこれで珍しい表情。チョコ味の塊ともいえるガトーショコラ。これを見て、彼はどう思っただろう。
「これは、セティが作ったのか?」
 視線をケーキに落としたまま、王子が尋ねる。
「えぇ、王子がチョコレート嫌いって聞いたから、苦手克服のためにね!」
 白々しい嘘をつきながらにっこりと笑う。嘘を突き通す気はもう当にも無い。むしろ嫌がらせだと気づいてくれれば本望だ。

「……まさか、私が作ったもの、食べれないなんていわないわよね?」

 にたり、と笑みがこぼれてしまう。抑えようと思って求められない。あぁ、なんかすごい良い気分かもしれない。わたしが王子に報復できる日がついに来たのだ。さぁ、ケーキ食べて嫌な顔しろ!
 王子は顔を上げないまま、ケーキを一切れ手に取った。そして、ゆっくりとそれを口に運ぶ。
「どう? どう?」
 普通ならば賞賛を求めるところだけど、私が望むのは王子の悶絶。さぁ、どうだ。
 そして、王子は一言。

「私のために、ありがとう」

 持ち上げられた顔に引っ付いているのは、「にっこり」という表情。……あれ?
「おいしいな。もう一切れいただくか」
 そういって、ふた切れ目に手を伸ばす。な、なんで?
「え、え、え」
 理解が追いつかない。王子はとても喜んでいるけど、私、そういうつもりじゃ、なくて。
 あわてる私に、かれは言う。
「私は、とてもこれが好きだよ? 知らなかったんだね」
「は?」
 だって、エリクが!!
「エリクには、私の好みについて、嘘を言うよう教えておいたから」
 私の心中を読み取ったかのように王子はくすくす笑う。
「んな」
「特に好き嫌いは無いが、甘いものが嫌いだといっておけば、貴族の娘から茶会に呼ばれることが減るからね」
 そういいながら、王子は順調にケーキを平らげていく。もう3分の1を食べてしまっている。いくら好きだからって、それは食べ過ぎのような気もするし、さすがに飽きないかと思うけど、彼は始終嬉しそうな顔。

 だまされたー、って、怒ればいいんだろうけど。

「うん、おいしい」
 この一言と、笑顔が。
「セティ。君も食べるかい?」
 ちょっと嬉しく思えてしまったなんて。
「……食べる」
 口が裂けても言えなかった。

第八話 了
  1. Index >
  2. novel >
  3. シンデレラ奇譚