竜の花嫁
[ 消せない証 ]
まるで、親に甘える子猫のようだ。とエドヴァルドは思った。
「夏のエドヴァルドは、きっと触るとつめたくてきもちいいわね」
日中の薄暗がりの城内。にこにことしながらティアナはエドヴァルドの尾にじゃれ付いていた。彼も腹ばいに寝そべった状態で尾をぱたりと動かしたりして付き合っていたが、やがてティアナを抱きこむように尾を丸め、満足げな彼女の顔を見て目を細める。
「うろこだからな……。冬は、冷たいどころじゃないだろう」
「あら、それならいいわ。私が居るもの。人肌って、暖かいのよ」
私たち、相性ピッタリね、と大きな身体に抱きつきながらティアナは笑った。
ティアナは、肌と肌を触れ合わせることが好きだ。といっても、エドヴァルドの身体は人間の肌とはとても異質で、彼の身体は、堅いうろこに覆われている。盾や鎧にも劣らず、普通の武器で傷つけることは不可能だろう。仮に傷ついたとしても、すぐに癒えて全く跡が残らない。
故に、彼の体は美しい。
一つの完成形。
しかし、たった一つだけ、彼はいびつに引きつった傷跡を持っていた。
「……傷、残っちゃったのね」
ティアナは、折りたたまれた翼を伸ばすように持ち上げて、呟いた。
右の翼の、真ん中。一番彼の皮膚が弱いところ。
この傷跡を見るたびに、ティアナは胸が痛む。
「私を、かばったから」
あの日、勇者の放った矢が、エドヴァルドを逸れてティアナに向かい、それをかばうようにエドヴァルドは翼を差し出した。
翼は竜の誇り。もし飛べなくなってしまったら、死すら意味するというのに。
「なんて無茶なの」
あの時、助けてもらえたことは純粋に嬉しかったが、彼の翼からつたう血を見て心臓が止まるかと思った。彼を失いたくないと願った根本の気持ちに気付いたのは、もっと後だったけれど。
すねるようなティアナの様子を見て、エドヴァルドは笑った。
「ティアナが自分を責める必要はないし、私も後悔はしてない。私は、……案外この傷が好きだからな」
「好き? どうして?」
思いがけない発言に、ティアナは目を丸くした。
エドヴァルドは首をもたげて翼の傷跡を見て呟く。
「守った証だ」
長い時間を生きてきて、いくつか争いに身を投じたこともある。傷を負ったことも、もちろん。
しかし、孤独だった頃の傷跡は、今ではもう一つもない。自己回復力の、たまものといえるだろう。
きっと、常ならばこの傷もすっかり跡形もなく消えていた。それなのに、ここに残っているということは。
「消えて欲しくなかった」
あの事件が起こった後、ティアナの帰国が決まり、また自分は独りになった。
過ごした日々のことは、忘れようと思った。遠いいつか笑い話やおとぎ話にでもなればいい。
それでも傷を見るたびに、花がほころんだような笑顔が思い出されてしまう。どう考えたって彼女へ想いを告げられるはずもないのに。この傷さえ癒えてしまえば、彼女がここにいたという痕跡は全てなくなるのに。
つながりを、消したくなかった。
この翼にあるのは
たったひとつ、彼女と自分をつなぐもの。
一つの、想いの形。
「ティアナが帰って、独りになって、この傷だけがお前を思い出すことを赦してくれた」
孤独だった頃、身体につく傷はすべて疎ましいものでしかなかった。治すことに専念こそすれ、消えて欲しくないなどと願ったことは一度もない。
それがどうだ。
「この傷がある限り、繋がっていられると思った」
まるで、絆のように縋った。
だから
「お前を想う限り、どうしたって消えなかったんだ」
[07:孤独だった頃の傷跡]
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