竜の花嫁
[ どうか今だけは ]
柔らかな陽射しも、この国の優しい空気も、薫る風も、そんな、ここに存在する全てを愛しく思う。
……何より、彼を。
でも、
それでも
「ティアナ、どうした。何かあったのか」
海を眺めて、ぼうっとしていたらしい。ティアナは傍らのドラゴンに話し掛けられてふっと我に返り、苦く笑いながら振り向いた。
「ううん。なんでもない。海が綺麗だから、見とれてたの」
海の上にはいびつな丸さの真昼の月が、青い空に白く薄くそれでもはっきりと浮かんでいる。そこに輝くのが太陽でなくて良かったと思う。今のティアナに太陽の輝きは眩しすぎる。こんなにも不安定な風に立っているのに、照らされた世界では全てが光って、自分自身を失いそうになるから。
穏やかで小さな波が、寄せては引き、引いては寄せ、それに伴ってティアナの立っている周囲の砂が、ざらざらと覆い被さってきたかと思えば、引くときには足場さえ飲み込むように全てを持ち去ってしまう。
「ホントに、綺麗」
この国は、綺麗。
この愛しい竜の心も、綺麗。
そして、愛しいと、思う。
「……だから、綺麗過ぎて、涙が出そう」
「ティアナ?」
あぁ、駄目だ。何度も何度も飲み込んだ涙が、結局溢れ出てきてしまう。彼にこんなことで心配をかけたくは無いのに。自分の弱さやを知るたび、自分がしがない小娘なのだと思い知る。
「私、じぶんで望んでここへ来たわ。後悔なんて無いわ。……でも」
思い出してしまう。生まれ育ったあの国を。
でも、その記憶はいつのまにか、おぼろげに霞んでゆく世界に消えていってしまう。
「私、姫だといわれて皆に可愛がられて育ってきたの。いつかは何処かの大きい国へとついで母国の役に立つために。私、嫌じゃなかった。……みんなが、好きだったから。みんな私を姫としても一人の人間としても慕ってくれていた。……なのに、私」
その国を捨てて、忘却さえ訪れているとわかっているのに、
今ここで倖せなときを過ごしている。
愛しい、愛しい、この竜と。
「……かえりたいのか」
涙で、エドヴァルドがどんな顔をしてその言葉を言ったのかはよくわからない。でも、きっと悲しませてしまっている。
ティアナは彼の胸にもたれ掛かるようにして、ぶんぶんと首を振った。涙がさざなみに溶け込んで潮騒の一部となってゆく。
「かえりたくなんて無い。わたし、貴方とここに居たい。貴方のいない私じゃ生きていけない。
……でもね」
いつか、貴方しか見えなくなって、ふるさとも過去も振り返らなくなる日が、きてしまうだろう。
だからどうか、今だけは
「今だけは泣かせて。……甘えさせて」
いまだけは、ふるさとを想わせて。
[04:甘えていいですか]
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