竜の花嫁
[ 唄うドラゴン ]
わたしの恋人ならぬ恋竜はとってももてる。
今だってほら。私が見ていないと思って、可愛い子たちがエドヴァルドの肩や腕に体を預けて、綺麗な声で唄っている。悔しいけれど、さすがに私もあの声には勝てない。しかもエドヴァルドもまんざらじゃなさそうに彼女たちを見つめて、優しい声で唄う。
でも、その歌っていうのが……ね?
「ぷっ……あははっ」
彼の唄に、身を潜め成り行きを見つめていた私も笑い出さずに入られなかった。そしてその声がわたしの存在を主張してしまったのか、彼女たちは驚いて四方八方へ散り散りに逃げて行ってしまう。エドヴァルドといえば、わたしの笑い声に一瞬身を硬直させて、ばつが悪そうにこちらを振り向いた。
「見ていたのか」
その声は先ほどまでの歌声とは違う、低く静かないつもの声だった。残念といえば残念だけれど、でもあの歌声のままで喋られたら、きっと笑い死にしてしまう。
私はからかうようにクスクスと笑い、逞しいエドヴァルドの巨体に抱きついた。
「えぇ、ばっちり見ていたわ。あなたの浮気現場」
【浮気現場】
その言葉にエドヴァルドの巨体がしゃっくりのときのようにピクッと動く。そして少し慌てた面差しで私の肩をつかむとまっすぐにこちらを覗き込んできた。そして至極真面目な顔をして、間抜けなことを言う。
「……ただの小鳥だ。そんなんじゃない」
そう。彼に寄りかかっていた『かわいい子』というのは、私の手のひらに納まってしまうほどの小さな小さな小鳥たちのこと。もちろん、わたしだって彼女たちが浮気相手になるなんて微塵も考えてはいない。そんなことにも気付かずにこうやって必死に誤解を解こうとするエドヴァルドを見ると、やはり彼は単純で硬派だと思わずにはいられなかった。
「人間の私があなたを好きになったのよ? 小鳥が貴方に恋をしたって何の不思議もないわ」
ぷい、と拗ねたふりをしてそっぽを向くと、エドヴァルドは私の後ろで一際大きいため息をついた。
「どうしたら、赦してくれる?」
私はその言葉に、にっこりと笑う。
「そうね……じゃぁ、唄って? さっきみたいに」
いたずらに成功した気分に、とてもよく似ている。かれは一瞬戸惑いの表情を見せたが、次の瞬間恥ずかしそうにうつむいた。
「あのな、ティアナ……。からかうのもいいかげんにしろ」
目を伏せがちに彼はぼやいた。その姿を、『抱きしめたくなるほどかわいい。』と思えてしまう辺り、私もよほど重症なのだと思う。でも、悪いけど勘弁してあげない。
「嫌よ。わたし、あなたの唄が聞きたい」
ニコニコと笑いつづける私に、ようやく彼も観念したらしい。
彼がゆっくり空気を吸い込むと、まるで音まで吸い込まれてしまったように、部屋には静寂が満ちる。そして、聞こえてくる彼の唄声。
――ピーチチッ、チチッ
彼の体からは想像できないほどの可愛らしい小鳥の鳴き声。彼の顔は裏腹、真面目そのもの。
そのギャップがまた、おもしろくて。
「あははっ……やっぱり、おかし……っ」
おなかを抑えて笑う私を見つめて、彼の口元も緩み目が細まる。
あぁ、笑わずにはいられない。
[01:君と居ると笑わずにいられない]
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