心配性


「どうしてそんなに無茶ばっかりするの」
 ベッドに腰掛けたカオルの頬を手当てしながら、ルナが言った。この頬の傷は、ついさっきテラホーミングマシーンで、彼がロボットからうけたものだった。傷といってもたいした事は無い。バンソウコウを貼る程度の、小さな傷にすぎない。それなのに何故そんなことを彼女は言うのだろう、とカオルは目で問い掛けた。
 ルナは小さくため息をついて、呆れたように言う。
「傷はこれだけじゃないでしょ。腕や身体にはいっぱい打ち身があるし、それから、もしもの時操縦しなきゃならないからってほとんど寝てないじゃない」
 ルナは袖から出ているカオルの腕を取り、痛々しくアオアザになっている個所を見つめた。ずいぶん前のもあり、治りかけている証拠なのか、不自然な黄色に変色している。
「ほら。こんなに」
「別に、たいしたことじゃない。打ち身くらいすぐに治る」
 カオルがそう返事をすると、ルナは寂しそうに表情を曇らせた。
「……私が言いたいのは、そういうことじゃなくて」
「何でそんなにお前が心配するんだ。どうせ俺の身体だろう」
 そう言った瞬間、ルナは凄い剣幕でこちらを睨んできた。そして他のフロアに聞こえそうな大声でカオルに喰いかかった
「だって、カオルが自分の身体を心配しないからでしょう! この前も故障して暴走してる機械に突っ込んでくし、さっきなんて、一人でロボットに挑んで叩き飛ばされてるじゃない! 何でそんなに自分だけで片付けようとするの? 私は、カオルだけを危険な目になんて、あわせたくないっ」
 途中から、涙声になり、ルナは「バカっ」と言いながらカオルの胸を力無い拳で叩いた。
 カオルは、自分を胸に乗せられた彼女の手をつかむと、疲れの色を表情に浮かべながら愚痴をこぼす。
「――……なんでお前はそうやっていきなり怒ったり泣いたりするんだ」
 いつも、じぶんは彼女に振り回されてばかりだ。

 彼女のことが好きだ。誰よりも大切な人なのだと思う。
 だから支えたい。守りたい。
 そもそも、予測不能な彼女の動きにいつもひやひやさせられて、だから全力で彼女を守ろうと心に誓ったのだ。それが結果として彼女の心を痛めさせたなら、それは自分の本意ではない。

「……お前だって、人のことは言えないだろう。いつも無茶ばかりされて、心配するのは俺だって一緒だ。
 お前は十分、俺を助けてくれている。今までだって、どれほどお前に支えられてきたかわからない。だからお互い様だろう」
 自分の生に、絶望していた時期もあった。誰からも慕われていた『あいつ』が死に、何故自分だけが生き残ってしまったのか。と
「俺を、光の中へ連れ戻したのは、お前だ。お前がいなきゃ、俺は今ここで船なんて操縦できやしなかった」
 彼女がいたから、少しずつ前へ進んでいく勇気をもてた。
 カオルは胸にしがみついて泣いているルナの背に手をまわすと、ぐずつく子供をあやすように軽く叩いた。
 しかし、ルナは彼の腕の中でなおも言葉をつむぐ。
「……でも、それでも、無茶はしないで。私のために自分が危ない目に会うとか、そんなこと簡単に許したりしないで。カオルが死んだら、何にも意味が無いじゃない。私は、カオルの死と引き換えに生きることより、一緒に生きていきたい。……いなくなったら、いや」
 腕の中ですねるように顔を隠す彼女は、とても可愛い。『恋は盲目』とはよく言ったものだ。正にそのとおりなのだから。
 こんなに大切な人を残していけるはずないだろう。とでも言わんばかりに、カオルはルナに見えないように微笑むと、じぶんと同じ心配性な少女をやさしく抱きしめた。
 もちろん。彼女がそうであるように、自分も許される限りの無茶をして、彼女をこれからもやきもきさせるだろうと心の中で謝りながら。

珍しく甘くなりました。
たぶんこの怪我は本編のどこかを想定したネタなんですが、何話だったか忘れました。