無題


 終礼が鳴って第三音楽室へ向かう途中、ハルヒは向こうから歩いてくる見慣れた顔を見つけた。
「モリ先輩。どうしたんですか、これから部活なのに」
 明らかに、彼が向かっているのは第三音楽室からは反対方向だ。もともと寡黙な彼は、簡潔に答えた。
「もうすぐ、剣道の試合があるから」
 だからそちらへ行くということか。ハルヒは頷いて、上方にある整った顔を見上げた。
「あ、そういえば兼部でしたっけ。モリ先輩剣道強いんですよね」
 そうハルヒが言うと、彼は困ったように口を結んでしまった。
「……」
 実力があるのはわかっているのであからさまな謙遜はしないが、それを肯定できるほど彼はふてぶてしい神経を持ち合わせていない。
 不器用というかなんというか。ハルヒは思わず小さく吹き出した。
「ぷっ……、すみません。変なこと聞いて」
「いや、いい」
 変化の乏しい彼の表情。それでもハルヒには彼が少しすねているように見えた。

「稽古、見に行っていいですか」
「……部活は」
「一日くらい、平気でしょう。鏡也先輩は私用でいらっしゃらないそうですし」
 一番怒るのは殿なのだが、彼女にとって彼は脅威にはならないのでさしたる問題ではない。ほんの少しだけ、客としてやってくる女の子には悪いと思ったが。
「なら、こっちだ」
 そう言って彼はハルヒの荷物をひょい、と取り上げて担ぐと再び歩き出した。足の長さの違いからずれてくるはずの歩行速度は、彼がゆっくり歩いているために彼女にとってほどよいものとなっている。
(あぁ。これか)
 ハルヒは思わず理解した。こんなに寡黙で会話すら成り立ちにくい彼が、何故女の子に好かれるのか。
 彼の魅力は、狙っているわけではない純粋な優しさ。さりげなさ。もしかしたら、彼自身ですらソレに気づいていないかもしれない。
「ありがとうございます」
 おもわず、喉を突いた言葉を彼に言う。彼は頭上にはてなマークを浮かべてとりあえず生返事をする。
「あぁ」
 そのしぐさが、たまらなく微笑ましくて。頬が緩む。

モリハルが好きというよりは、モリ先輩が好き。