雨の日にて

 昨日の夜から降り始めた雨が、朝になった今も続いている。昨夜に比べれば雨脚こそ弱くなったもののしばらくはやみそうになく、部屋の窓は曇ったまま。湿気もあってか、紙がなんとなくへこたれているような感じも否めない。
「これだから雨の日は」
 外の景色を眺めながらため息をつくと、そこだけ、窓がよりいっそう白くなった。
「失礼します」
 声と共にドアノブのまわる音がして振り返れば、足の生えた書類の山がこちらへ向かってくるではないか。……とは冗談だが、それは紙束を両手いっぱいに抱えた忠実な部下だった。遠慮もなく机の上にドンと下ろして、パンパンと手を払う。
「こんな日だと、どこかの無能な上司が脱走しなくて助かります。溜まっていた分、お願いしますよ」
 放置して山積みになった書類。自業自得といえばそれまでだが、こんな暗い天気のときにやる気などおきようはずも無い。
「上司とは、私のことなんだろうね」
 とほほ、とこぼしながら筆を手にとる。仕方ない。片付けよう。
「これだから雨は嫌いだよ。君に無能呼ばわりされて、こき使われるから」
 上司の愚痴に、珍しく部下が微笑む。
「あら、私は雨も好きですよ。あなたが無能になるから」
「私をいたぶろうって魂胆かい。君とあろうものが、そんなサディスティックな嗜好を持っていたとは驚きだよ」
「そういう意味じゃありません」
 あきれたように彼女は肩を落とした。
「あなたが無能になれば、私があなたを守れますから」
 ごくごくまじめに彼女が言う。おどろきに、思わず筆を落としそうになった。
「男前だな。君は」
「雨の日くらい、全部私に預けて欲しいんですよ」
 静かで、かつ情熱的な告白に聞こえなくも無い。あああ、とうなって、机に突っ伏した。
「女性にそんなことを言わせてしまうなんて、やっぱり雨は嫌いだ」
「男女差別は出世に響きますよ」
 守られたいんじゃない。私だって、君を守りたい。もちろん、君の強さは信頼しているし、知っているのだけど。
「はは。炎だけじゃなく、柔術や剣術もまじめにやってみるかな」
 雨の日も有能だと言われるために。
「そこで銃を選ばないところはほめてあげます」
「君の十八番だからな」
 さあ手を動かしてとひと睨みされたので、仕方なく筆を走らせる。書類の内容が昔のこと過ぎて、記憶があいまいになっている部分が多い。さて、どうしたものか。
「私はいつも君に頼っているし、これからも君を懐においておきたいと思っているよ」
 口説くように、微笑みながら言ってみる。その言葉に嘘は無い。
 彼女には、たくさんのものを預けている。過去も覚悟も背中も夢も、それから
「でも仕事を押し付けられるのは、嫌ですよ。経過報告、ごまかさないでくださいね。上司の尻拭いなんてしませんから」

「はは、ばれたか」

 有能な部下はどこまでもお見通しだった。

イチャイチャするよりは、原作のような思わせぶりな関係のほうが萌えます。つかず離れず。