日常風景

 変なことしないって言ったから、佐藤の家に来たのに。佐藤はいつも嘘をつく。
 こんなんでも、佐藤は一応俺の……こここ恋人なわけだから、信じないのは悪いかなぁと思って付いてくと、散々な目にあう。なのに佐藤は「騙されるお前が馬鹿なんだよ」って笑うから、まじで腹が立つ。
 こうやって改めて考えると、本当にひどいやつだよなぁ。お前が昔は太っていじめられてたなんて誰も信じないんだろな。今じゃイケメンでがたいも良くて、女の子にモテモテ。欠点といえば俺しか知らないわがままで意地悪な性格くらいで。でもその唯一の欠点が、他を霞ませるくらいたち悪いのも、俺は知ってる。
 俺しか知らないっていうのは、何かちょっといい気分だけど、それでもやっぱりこいつの性格の悪さは困ったもんだ。  「どうして俺はお前なんかと付き合ってるんだろ」とか「どうしてお前みたいなやつが好きなんだろ」とかそんなこといっつも考える。
 前にそう言って悲しい顔させたことあるから、もう言わないけど。

 やっぱり、今日もベッドで佐藤と「ごそごそ」するはめになった後(ごそごそが何のことなのかは、その、聞かないでほしい)、そのままくたりと寝転がった。別にこういうことも、嫌じゃないんだけど、恥ずかしくて、困る。文句を言おうと佐藤を見ると、佐藤は目を細めてじっと俺を見てた。
 佐藤は時々、こんな顔をする。いつものふざけた意地の悪い笑顔じゃないから、こんな顔されると、俺は何も言えなくなる。心臓がきゅうと痛くなって、熱くなる。やけに色気があって、恥ずかしくて、見ていられない。ああこいつは俺のことが好きなんだって、言葉で言われるよりもわかってしまう。俺みたいな顔を好きだって言う佐藤は、ホント変な奴だ。しかも俺、男なのに。
「さ、佐藤ってさ、怖くなかったのか」
 この雰囲気が恥ずかしくて、思わず声は早口になって、佐藤は「ん?」と笑って首をかしげた。
 俺が慌ててどもっているとき、佐藤はいつも嬉しそうに俺のぶつ切りになった言葉を待つ。子犬のよちよち歩きを迎える飼い主みたいに。ただじっと待ってるだけじゃなくて、待ちきれずに少しずつにじり寄ってくるようなところとか、そっくりだ。現に今も、俺が言葉をさがしている間中、楽しそうに鼻をすり付けたりおでこにキスしたり。こういうの、ほんと恥ずかしいんだけど、でもやっぱりこれも嫌じゃないので、困る。よけいに言葉が出てこなくなるから。
「お、おれ、おとこだし」
 うん、そうだな。と佐藤は頷くけど、これって結構俺ににとっては驚きのことだ。今は佐藤が好きなので「そんなもんか」と思うけど、告白されるまでは、男を好きになるなんてまず考えたこと無かったし。俺は、彼女が欲しくて、ついでに言えば……もちろんエッチなこともしたかった。悲しいことに顔が悪くて、しかも佐藤のせいで女子から反感を買っていたから、ホント望みは無かったんだけど、だからって簡単に男に走るような性格じゃない。
「うまくいく方が、難しいじゃんか。その、俺に拒否られるかもって、思わなかったのか」
「まぁ、最初のキスは……吉田が俺の気持ちも知らないで本命なんか聞くから。つい意地悪してやろうと思った勢いだったけど」
 あのときの恨みだと言って、むにい、と頬が伸ばされる。こいつ、加減はしてるらしいけど、その加減が結構酷い。マジで痛いんだってばっ。
「あ、いて、いでででっ……!っていうか、いきおいかよっ。俺あの時、ほんとに悩んだのに!」
 くそう。ほんとうにこいつ性格悪いっ。
 悪態をつく俺に、佐藤はまた微笑む。
「うん。吉田はそうやってちゃんと考えてくれるやつだってわかってたから、その後の告白は怖くなかった」
 頬をつねっていた大きな手が、今度は頭を触る。長い指が髪をかきわけて、くすぐったい。
「?」
「もし男に告白されて、しかもその男が自分をこっぴどくいじめてるやつだったら」
 ちょっと遠い目をして他人事のように佐藤は言うけど、
「……それって、仮定じゃなくてまんまお前のことだよな」
 いじめてるって自覚あるのが、むかつく。佐藤はさらりと俺を無視して言葉を続けた。
「復讐するためにも、アイツはホモで気持ち悪いって皆に言いふらすのが妥当だよな」
「はあ? なんだその発想! ありえねえって」
 んなこと考える奴は悪魔だ。そんなことしたら、そいつ学校にいられなくなるじゃんか。
 そんなことするの、お前くらいだよ。とはいえないけど。
「うん。お前がそういうふうだから、良いんだよ。もし駄目でも、それは頭ごなしな拒絶じゃなくてお前が考えて出した結果だってわかる」
 髪やら頬やらなでていた手が、そっと耳をつまみ、親指がやさしく耳たぶをなぞる。思わず目を閉じて体をこわばらせた。そんな俺のまぶたに、佐藤の唇が落とされる。表情は見えなくなったけど、ふ、と息がかかってこいつが笑っている気配がした。
「そういうまじめなとこ、小学校のころから変わってなくてさ、嬉しかった」
「……」
「昔の俺に気づいても、態度変わんないし」
 まぶただけじゃなくて、顔中にキスが降ってくる。耳も触られたままで、くすぐったい。
「やっぱりお前がいいなって、思ったよ」
 なんだか、前にも同じような事を聞いたけど、これ、熱烈な告白をされているのと同じだと思う。恥ずかしくて、目も開けらんない。
 だけど、ちょっと嬉しいとか思ってしまう俺もいる。
「まぁ、最初のキスの反応が良かったから、こりゃ押したら落ちるとも思ったし、断るなんてそもそも許すはずないけどな」
「なっ……。おまえなあっ」
 いけしゃあしゃあと言う佐藤に、俺はあきれてしまう。さっきまで、じーんとなって聞いてたのに! なんつう言い草だ。台無しじゃんか。
 目を開いて腕を突っぱねて、にらんでやったけど、まったく効果もない。佐藤はくすくす笑っている。しかも、いつもの意地悪な顔に戻っている。ほんとうに、なんでこんな奴と俺は。
「現にお前俺にキスされて、押されて、あの後俺のこと意識しまくってただろ?」
「う」
 自意識過剰だといってやりたいけど、図星だからいえない。
「しかも、言わないだけで、今でも俺のこと何でこんなやつって思ってぐるぐるしてるんだろ?」
「そんな……」
 またしても図星。でも「何でこんな奴」ってところに佐藤がまた悲しい顔をするんじゃないかと俺は慌ててしまう。するときゅっと唇を指で挟まれてしまった。くっそ、引っ張るな! 俺がみっともないうめき声を上げて嫌がっても、離してくんない。普通、こうするとアヒルみたいな顔になるらしいけど、俺の場合はどうせ可愛くないから河童なんだろな。現に、「あ、河童みたい」とつぶやいて佐藤が笑った。
 くやしかったけど、こいつが笑ったことに俺はほっとした。
「前言われたときは、凹んだけどな。今はお前が俺を好きなことは知ってるから」
 よしよしと空いた手で頭を撫でられた。全部見透かされてるみたいでなんか、なんかずるい。
「いいよ。答えなんて、そう簡単に出すなよ。どうせ頭悪いんだからすぐにはでないだろ」
 そう言って、つんと人差し指で俺のおでこをはじく。馬鹿にしたような声の調子もいらつくけど、その内容はいくらなんでもひどいだろ。
「さとう! おまっ……んんっ」
 唇を挟んでいた手をはじいて文句を言おうとしたら、今度はキスでふさがれた。こいつのキスに、俺はどうしても慣れらんない。毎回毎回、緊張して……。あああ。
「それに、俺のことで悩んでる吉田、かわいくて好きだしな」
「はあっ?」
 おれのこと笑顔でけなしたり好きだって言ったり……いきなりキスしたり。緊張した頭じゃ処理しきれなくてぐるぐるしていると、ぐいと引き寄せられて佐藤の胸に抱きすくめられてしまった。
「そうやって、ずっと俺のことだけ考えててほしいって言ってるんだよ」
 空転した頭にぞくりとするような低い声でささかれて、脳がしびれて揺れる。ますますわけがわからなくなる。

「言われなくたって俺、いつもお前のことで頭いっぱいいっぱいなのに……」

 ショートしかけて朦朧とした頭。泣きそうになりながら腕の中でそうつぶやくと、佐藤のからだが一瞬ぴたりと止まったように感じた。
 あれ。お、おれ、なんかすごく恥ずかしいことを言ってしまったような。
「お前はほんと、無自覚に煽るのが上手だよな」
 耳元で佐藤がクツクツ笑う。佐藤、こ、怖いぃっ!
「う、うそ! 嘘! 今のは無し!!」
 
 身の危険を感じて叫んでも無駄で、……結局ベッドでまた散々に恥ずかしい思いをさせられたのは、言うまでもない。

だらだらと長く書いてしまったけれど、とくにヤマもオチもイミもない日常の断片。
私のイメージする二人はこんな雰囲気だよ。という説明をかねた小説(笑)
二次創作の少ないジャンルなので、萌えたければ自給するしかないという悲しさ。ほろり。
吉田、意外と一人称にしにくい。あわあわ喋らせるのは良いけど、説明に向いてない。
地の文の中で難しい漢字喋らせるだけで、すぐに偽者になる。(頭が良くない設定なので……)
ちなみに、ベッドの中でごそごそといっても、原作基準だと触りあってるだけで最後までしてるわけじゃないんです。笑