二月十七日
実家のみんなへ


お元気ですか? 私は元気です。それから、突然のお手紙ごめんなさい。「今更なんのようだ」なんて思わずに読んでくれると嬉しいな。
  ええと、あれからもう一年になるなんてちょっと驚きです。お父さん、まだ頭の髪の毛は大丈夫ですか。と言っても、一番頭を悩ませているのはたぶん私だね。もし髪が心配ならこっちでいい薬を発見したのでよかったらどうですか?
  冗談はさておき。……私が雅彦さんと家を飛び出ていってから、私たちは海が綺麗な町にやってきました。今はそこで暮らしています。二人とも身一つのようなものだったから、最初はいろいろと大変だったしケンカもしたけど、今は二人で一緒に喫茶店を営んでます。常連さんもできて、家計はまぁまぁかな。決して裕福とは言いがたいけど、でも毎日がとっても楽しいから、全然平気。
定休日は毎週水曜日。その日は大体二人で町をぶらぶらしています。一年も経ったのにまだまだ知らないとこばかりで、よく道に迷います。だからもう交番のおまわりさんと仲良し。これじゃ悪さはできないな、って雅彦さんも笑ってました。
  お隣に住んでいるオヨネばあちゃんは、とっても元気でとっても親切。そして何よりとっても面白い人です。右も左もわからない私たちにいつもアドバイスをしてくれます。近所の人も皆良い人ばっかりで、今のところはトラブルも無くやっています。
  雅彦さんは、家事に関してはやっぱり今まで女中さん任せで、したこともないから(失礼だけど)全然です。でも、ちょっとずつ覚えていって、今ではお手伝いもしてくれます。ノロケじゃないけど、敏腕社長だったあの雅彦さんが料理で慌てているのはとっても可愛いのでお母さんにも見てほしいな。たぶん私と一緒で笑っちゃうから。
  それから、あの時はこうするほかに仕方ないと思って、何にも言うこと聴かなかったけど、でもお母さんたちが私に忠告したことも、落ち着いた今なら、私を想って言ってくれた言葉なんだって、わかります。その言葉どおりの苦労も、風当たりもあって凹むときもあるけど、でもね、後悔はしてません。雅彦さんと一緒に居られる今が、幸せ。たぶん、これからもずっと二人で一緒。
ともかく、私、幸せです。それだけはわかってください。
  そして、弟の慎太へ。一番私達のこと応援してくれて、いっぱいいっぱい迷惑もかけたのに、出て行くとき何にも言わなくて、たぶん怒ってるよね。謝っても謝りきれないと思う。だから、謝りません。……ありがとう。お前はわたしの自慢の弟だよ。彼女の裕子ちゃんによろしくね。

最後になったけど、住所も書いておいたのでもし良かったら、遊びに来てください。勝手に出て行ったお叱りもちゃんとうけるつもりです。
もし来てくれたなら、評判のコーヒーでおもてなしします。本当に美味しいんだよ?
それでは、もう検診の時間だから、そろそろ行かなきゃ。
じゃあ、皆もお元気で。お店の前で雅彦さんやお客さん達と撮った写真も添えておきます。

自室にて海を眺めながら、娘より。

追伸。
「これからもずっと二人で」と言ったけど、本当は、どうやらそうもいかなさそう。
桜が咲く頃には、家族が三人に増える予定です。




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