シンデレラ奇譚

[ 第9話:偶然を装った必然(7) ]

「よかったわね、セティ」
 部屋に帰って、私は友人二人に全てをぶちまけた。二人の口の堅さは知っているので、心配もしない。一人で溜め込むには、この幸せは大きすぎる。
「ね。すごいでしょ」
 愛らしい父親と、自慢の弟ができたのだ。自慢せずにはいられない。
「ああ、私たちも嬉しい」
 二人は我が事のように喜んでくれた。私には、それも嬉しい。私が喜んでいると、ベルが私の頭を撫でた。
「もしかするとセティのお母さんは、セティがいつか父親と出会って引き取られることを予想してたのかもしれないね」
「ええ、そうね」
 ジュリアが頷く。私にはわけがわからない。どうして、ふたりにわかるんだろう。私の様子を見て、二人が顔を見合わせて笑う。
「セティが貴族の娘になっても臆さないように、教養を付けるためにあの女学校へ入学させたんだとおもうよ」
「あ」
「この三年間は、やっぱり無意味じゃなかったのよ。セティ」 
 二人の眼が優しい。鼻の奥がツンとした。泣きたくないのに、涙があふれそうだ。

 あのころ、成績優秀者として奨学金の出る推薦枠を勝ち取った私は、学園の中で唯一の庶民だった。令嬢ばかりの学園ではかなり浮いた存在。いじめなんて馬鹿みたいなものはさすがになかったけれど、周囲は私とどう接すればいいのかを図りかね、まるで腫れ物、もしくは空気のような扱われ方だった。運悪くちょうどそのころに母をなくし、わたしは突然母を失った悲しみと、学園での孤独に疲弊しきっていた。
 孤独と言うのは、病気のようだと思う。心を蝕み、萎縮させる。人は、私をたいしたものではないと考えるから、話しかけてこない。私も、怖くて話しかけられない。人と喋らない日が続くと、気づいたころには声の出し方も忘れる。母が、どうしてわたしをここに入れようと躍起になっていたのか、当時の私にはまったくわからなかった。市井の女が学を付けたって、邪魔になるだけなのに。私は、逃げ出す寸前に追い込まれていた。
 そんな一年と二年が終わり、最終学年。そこに現れたのが、ベルとジュリアだった。正反対ながらも目を引く二人は、学園でも知られた存在だった。けれどその実、ベルは貧乏貴族で、ジュリアはつい最近成り上がった商家の娘。庶民の私に近しいものを感じたのだと言って、近づいてきた。
 精神的に参っていた私を学園の寮から連れ出し、三人でルームシェアをした。私はふたりに支えられながらなんとか最後まで学園に通い続けたのだ。ちょっと個性の強い二人だけど、わたしは二人が大好きで、最後のほうは学園もなかなか楽しかったと思う。喋ってみると、女の子たちはみんな良い子で、可愛かった。最後に知ることができてよかったと思ってる。
 卒業してからも結局私は学園に残り、事務員のようなことをしていた。ベルとジュリアは縁談もあったらしいんだけど、断って私と同様の生活を送っていた。それが変化したのはもちろんあの舞踏会がきっかけで、私は今、休職扱い。産休みたいな感じ。

「やっぱり、お母さんには負けるなぁ」
 しみじみと、思う。どんなことがおきてもいいように、色々手を回されていたんだ。自分の道を見透かされていたことは悔しいどころか、感動すらしてしまう。さすがに、王子の婚約者なんてことは予想しなかっただろうけど。
「偶然のようで、じつは必然だったのかもしれないね」
 ベルの撫でる手が優しい。ジュリアが笑う
「それ、運命って言うのよ」
 私はその言葉に、呼吸を忘れそうになった。

運命

 その、使い古されて擦り切れそうなロマンチックな単語を、私は最近聞いた事がある。私は、あふれそうになっていた涙を引っ込めて、早鐘を打ちはじめた胸に手を当てた。
 私は王子のさびしそうな声を思い出していた。
(あのとき、王子はなんていったっけ)
 あの夜、王子は私の部屋にやってきて、自分たちは運命だと嘯(うそぶ)いた。実際は違ったのだけど、その後、彼はなんと言っていた?

――ああ、それでいい。ずっと、隠れていてくれ。運命になんて、選ばれないでくれ――

(王子、は)
 口の中が乾く。さっきまでの幸せな気分は飛んでいってしまった。

――運命はね、あったんだよ。残念なことに、私と君との間ではなかったけれど――

(王子は)
 知っていたんだ。どうやって調べたかはわからないけど、私の身辺をくまなく調査すればわかることだし。
(それで、行き当たったんだ)
エリクに。
(どうしよう)
 きっと、王子も考えたに違いない。血の繋がらないきょうだいが運命的に出会ったことを、恋仲につなげて。だからあの日、私に会いに来たとき、様子が変だった。
 私たちの間に運命を望み、エリクを選ぶなと暗に言った。
(私は選ばなかった)
 これは、王子にとって望むべき結果かもしれない。わたしはエリクを選ばなかったから。
(だけどわたしは)
 あなたを選ぶつもりもなかった……のに。

 私が嫌なのは、周りから囲まれて、追い詰められて結婚すること。もちろん王子と結婚なんてそれ自体も嫌だけど、もし彼が真摯な申し出をするならば、私はイエスであれノーであれ、真摯に返事をしよう。
 だけど、好きだとまじめにいわれたことはない。鈍くはないから、彼の好意はそれなりに感じるけれど、それは結婚を望むほどの恋慕じゃないと……思っていたのだ。
 その状況は、たぶん一変してしまった。この前の彼の行動は、直接好きだといわれるよりも、はっきりしているから。

「あいつを選ぶな。俺を選べ」そういうことだ。

 あの人は、心底私を望んでいるらしい。
(どうしよう)
 私は何か答えるべきだろうか。なんだかんだ引き伸ばしたけど、まじめに向き合って返事をしたことは一度も無い。今回も結局直接言われたわけでないからどう答えればいいかもわからない。(そもそも、私の予想が合っているかどうかも確証は無いのよね)
 それでも、もし私の考えが正しいとすれば
(おもちゃに対する執着だと、おもってたのに)
 おもちゃにしてはこれはちょっと、異常だ。庶民珍しさとは、どうやらもう色が違う。
(こまった)
 どうやら私は、気づかなくてもいいことに気づいてしまったらしい。

「どうしよう、ベル、ジュリア。王子……レイ、私のこと好きみたい」
 二人が目を丸くした
「今更」
 二人の声が重なる。
 ううん、そうじゃないの。もっと、深刻。
「私、どうしよう」

第9話 了


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