シンデレラ奇譚

[ 第1話:呪うべくは足のサイズ ]

 私は差し出されたガラスの靴に足を突っ込んで、次の瞬間呆然とした。
「……はまっちゃった」
 きつくも緩くもなく、まるで私のために作られたかのように、透明なガラスの靴が私の足を覆ってしまった。ぴったりってもんじゃない。こんな硬質な靴なのに、どれだけ歩いても靴擦れする気がまるでしない。ひんやりとした硝子ごしに、私の肌の色がはっきりとわかる。その透明度には驚かずにいられない。
「はまったね」
「あら、ほんと。ピッタリね」
 同居の友達二人は、まるで他人事のように(実際他人だけどね!)それを見つめていた。なんと言うか、もう馬鹿らしさに言葉にならない。「きゃあ! はまったわ!」ではなくて「はまっちゃった」のだから。いやぁ、身に覚えまったくないんだけどなぁ、私。
 私の足に靴を促したのは、いかにも「執事」あるいは「じいや」といった感じの初老の男性だった。ゆうびにカールした口ひげを蓄え、右目には眼鏡をつけている。彼は靴を載せた踏み台の前にひざまずき、その背はふるふると震えていた。あいにく顔を伏せているので、こちらから彼の表情は伺えない。……けどねぇ、まぁ、言いたいことはわかる。そりゃあもう絶望というか、やっぱり脱力しているんだろう。まさかこんな町娘に硝子の靴がはまってしまうとは思わなかっただろうに。おそらく貴族の令嬢とか、豪商の娘とかを望んでいたんだろう。
「おお、おおぉ」
 うめくような声がする。その声が上がるたびに、彼の肩がわずかに動く。そりゃがっかりする気持ちもわかるけど、……そこまで悲しまれると、なんだか私、とってもいたたまれないんだけど。
 がばり、と彼は顔を上げた。その瞳には年甲斐もなく涙が添えられている。泣くか、泣くほど私がいやか。
 しかし、次の瞬間男の瞳は歓喜の色に染まった。

「おぉ、あなた様が王子がお探しの姫君ぃ!」

 抱きつかんばかりの勢いで男は叫び、私の手を握り締めた。
 
 そ、そっちかー! その涙かー!

「ンな訳あるかー!」

 人間に当たったら殺しかねないほどの勢いで右足をフルスイングさせた。こんな靴、脱ぎ捨ててやるわっ。わたしは砕け散る音とともに硝子の靴を脱ぎ捨てた。

 ん? 砕け散る音?
 「すっぽーん」って脱げる音じゃなくて「バリーン」?

 あら、右足の先を見る、と、そこにガラスの靴が、ない。もちろん、左足にもない。恐る恐る、いやぁな音がした方向を見ると、壁際に粉々になった氷のようなものがたくさん散らばっている。いや、現実を見るのよセティ。これは……ガラスだ。まぎれもなく、ガラスの靴「だった」ものの、成れの果て。

「……割れちゃった」
 片足を垂直にさせたままのポーズで、私は誰にでもなく呟いた。

「割れたね」
「あら、ほんと。粉々ね」

 友人二人の事実確認だけが、全てを物語っていた。
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