竜の花嫁

竜の花嫁

[ その病の名は ]

「今日こそ姫を悪しき魔獣から取り戻すぞー!」
国境付近の森の中、アレックスが雄たけびを上げた。その雄たけびに驚いたのか、周囲では鳥たちが飛び立つ羽音が聞こえてくる。
そんなこいつの職種は、俗に言う『勇者様』ってやつだ。一応古くからの由緒正しい血筋ではあるらしく腕もそこそこ悪くない。だけど、なんつーか。……こいつ、馬鹿でさ。
「なぁ、アレックス。もうやめねぇか。お姫さんと竜はもう結婚してんだぜ?」
そう、勇者様が目の敵にしている竜は、この前姫さんと正式に結婚した。そこまで漕ぎつくのは長かったといえば、長かっただろう。俺の記憶が正確なら、エドヴァルドとティアナ姫が出逢ってからもう悠に四年以上経っていた。そもそも、竜と人間っていうのが無理な相談だ。ん?何で俺がエドヴァルドを呼び捨てかって? まぁ、それはまた今度の機会に話すとするよ。
おっといけない、話が脱線したな。元に戻そう。

俺の発言を聞いたアレックスは、剣を握る手をわななかせて俺を睨んだ。
「姫は竜にたぶらかされているだけだ! お前はそれでも人を救うべき者……僧侶なのか!?」
そうそう、実は俺、こんな喋り方だけど実は僧侶とか神官とかそんな感じの職についている。……僧侶と神官は違う? ……ぶっちゃけ俺、無神主義者だからどっちでも構わないわけよ。わりぃね、こんなんが神に仕えててさ。
……また話がずれてる? あちゃー。またしても脱線か。今度から気をつけるよ。
「はいはい、俺はどーなっても知らないからな」
俺はアレックスの鼻息荒い御叱咤にため息を交えつつ、結界を通り抜けるために詠唱をはじめた。
国全土の森に広がる結界は半端なく強かったが、もう千年近くも前に張られたものだから綻びも多い。俺くらいの高位術士なら、通り抜ける程度の細工はできなくもない。

城に着くと、そこは毎回来る度にそうなのだが、警備のケの字もないほど無防備だった。まったく、この無用心は何なんだ。よほど自分の力に自信があるのか、それとも警備など不必要なほどにこの国が平和なのか。自分に問い掛けてみるものの、そりゃ愚問だな。きっと両方だ。あいつの魔力は人間には太刀打ちできん。

ふと、前方を見ると、俺たちよりも先に突入していったアレックスが閉じたままの扉の前で硬直している。んー、顔が赤い?
「どうした、アレックス」
仲間内の誰かがそう言って中の様子をうかがおうと扉に耳を当てた。すると、そいつの顔までみるみるうちに赤くなっていく。
「……っ」
そいつは飛びのくようにしてドアから身を離すと、俺の方をチラッと横目で見た。
その視線に含まれる意味を察知し、俺は思わず唇が釣り上がった。
「ははーん、そういうことネ」
流石新婚。おそらく、扉の向こうには艶っぽい世界が広がっているのだろう。アレックスたちが聞いたのは、姫の鳴き声ってとこか。
「う、嘘だ」
アレックスが覇気のない声で呟く。そうとうダメージがでかいらしい。
初回のようにいきなりドアを蹴破らなかったのが、不幸中の幸いだろう。もし突入してたら思いっきり濡れ場遭遇だ。
「……あの体格差をどうやって克服してんだろな」
俺は、考えるそぶりを見せながら呟いた。あっちは竜、はたまたこっちは人間。どう考えたって無理だろ、普通。
俺は純粋に疑問に思ったし、ものすごく興味もあったが、流石にのぞくほど野暮じゃない。
そんな俺の方を見て、アレックスが叫んだ。
「わ、わたしが言いたいのはそんなことじゃない!」
そりゃあ、そうだろうな。お前はまだまだうぶな奴だから。
「ひ、ひめは病にかかっているんだっ。じゃなきゃ、あんな奴と……。う、うあーん!!」
なきながら走り去る我らが勇者様。若いっていいねぇ。
他の仲間たちがあいつの後を追う中、俺は扉を見つめて苦笑した。

「病、ねぇ」

確かに、姫さんは患ってるだろうな。

そりゃぁもう、どっぷりと。

甘くて苦くてしびれを伴うその病の名は。

「恋の病、か」

口にしてみて、『自分のがらじゃない』と、俺は笑った。


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