この落ちる感覚は、これで三度目。最初にあの世界へ落ちたときと、つい昨日、元の世界へ還されたときと、そして……今。
夢の中のように曖昧な世界なのに、私はその真っ暗な中、行くべき方向を知っていた。そこに向かって、ただただ、彼の名を呼びつづけた。
「……ん、」
右脇に抱えていたジョンの感触が無くて、私は重たい瞼を持ち上げた。
そこは、見覚えのある草原だった。
どこかで、ジョンの鳴く声がする。
「……っ!」
私は立ち上がると、その声の元へ走り出した。
そして私は、きっと、そこに何があるのか知っている。
かつて、何もわからないこの世界になげだされた私は、
やはり居なくなったジョンを探して走っていた。
ジョンの声のほうへ、走りつづけていた。
そして
「うわっ、ちょっ、やめろっ……俺が犬苦手なの知ってんだろ……ジョン!」
わがままで、意地っ張りで、ひねくれもので、でも優しくて……めっぽう犬に弱いこの人に
出逢った。
「ティータ!」
その名を呼んだ瞬間に、目頭がジンと熱くなって涙が溢れ出た。そのまま駆け寄ろうとしたけれど、視界が涙でぼやけてもつれ、派手に地面に飛び込んでしまう。
どうして、私はこんな時にこんなへまをしでかしてしまうんだろう。なんだか、笑えてしまう。
「涙花っ!……って、お前、泣くか笑うかハッキリしろよ」
私を抱き起こしてそう言う彼も、やっぱり泣いてるのに笑っている。そして彼は私を強く抱きしめた。
金の髪、緑の瞳、屈託のない笑顔、綺麗な涙、聞き飽きることのない愛しい声。
彼は、夢なんかじゃない。
私の選んだ世界に、彼も生きている。
「もう、逢えないと思ってた」
ティータはそう言うと、額同士を、こつん、と合わせて笑う。
彼の笑顔につられて、おもわず私からも笑顔がもれた。そして彼は囁く。
「お帰り、涙花」
私の役目も終わり、……全て、終わったと思っていた。
だけれど、違う。
全ては、またここから始まる。
わたしが選んだこの世界で。
あの日、彼に出会ったときと、同じように。
「……ただいま」
深く口付けを交わす私たちの横で、ジョンが尻尾を振りながら大きく鳴いた。