「……終わったね」
仲間の誰かがそう呟いた言葉が、なんだかとても曖昧に聞こえて嘘のように思えた。
それが嘘じゃないと示しているのは、たちこめる硝煙と、そこらじゅうに転がるくすぶった魔物の死骸、そして傷だらけの己の身体。だが、不思議と傷はそんなに痛まなかったし、死肉の焼ける匂いも今は不快ではなかった。それほどにこの『殺戮』という行為に慣れてしまっていたのかもしれない。
「誰か」を救うために、こんなにも「誰か」を殺めて、それでも自分は勇者なのだから嗤えてしまう。
本当は、大切な人を一人として救えやしないというのに。
「ハルス」
目の前に横たわる少女の瞼は、もう開かれない。その唇は、もう二度と自分の名を形作ってくれることはない。
「ハルス」
この小さい体のどこに、人間を脅かすほどの力を持っていたというのだろう。
この小さな肩にに、一体どれほどの魔族の期待を背負わされていたことだろう。
「ハルス」
何度名を読んでも、少女はもう動かない。
当たり前だ。他の誰でもなく、自分がこの手で彼女を殺したのだから。
まだ、この剣で彼女を貫いた感覚さえ残っている。
彼女の、人間と変わらない肌の柔らかさと白さが好きだった。自分のものにして抱きしめたいと思ったこともあった。でも、それはこんな形ではなかったはずだった。すくなくとも、お互いが何も知らなかったときは。
「ハルス」
彼女を抱き起こして、血まみれの背中に腕を回して抱きしめた。こんなふうに触れ合えたのは、初めてだった。
あの日出逢ってしまったのは偶然だった。
そして、いつか殺し合いをする敵であることは、互いに知らなかった。
無知は、罪だ。
「ハルス……っ」
『貴方に逢えて嬉しかった』と、呟いて倒れた少女。
「……君が、好きなんだ」
何より、誰より、愛しいと思った。あの日の寂しげな笑顔が忘れられない。
今になってやっと言えた言葉は、もう届かない。自分が彼女を殺して世界を救ってしまったから。
「……ハルス」
空は何処までも広がっていて、描き表せないほど青くて、まるで世界の全てが、彼女の死を祝福しているかのようだった。
そして同じように、彼女の死は、勇者の華やかな英雄譚のハッピーエンドとして後世に語り継がれてゆくのだろう。
なんて、馬鹿らしいことか。
「これはハッピーエンドなんだ、ハルス」
誰もが望んだ結末。遠征へ出たばかりの頃は自分自身、それを望んでいた。
王都へ戻れば、きっと誰もが自分を勇者として褒め称えるだろう。魔王を倒したとして褒美さえ出るに違いない。
「……それが、俺に与えられた罰か」
愛するものを殺したというのに、生きているときはおろか、死んでもなお賞賛を受けねばならないなんて。
「俺には、……似合いのハッピーエンドだな」
長い間忘れていた涙が、一筋頬を伝った。