第9話: 偶然を装った必然 6

 エリクに送られつつ城へ帰ることになった。官舎と城は目と鼻の先なので時間はかからない。いちおう同じ敷地の中にある。二人きりで喋ることができる時間はわずか。エリクはそれを逃さないように、二人きりになると私に「セティ様」と呼びかけて、だけれど何を言おうか迷っている様子だった。
 そういえば、私はアシオさんを「お父さん」と呼ぶことになったけど、エリクはそういうの、嫌なのかもしれない。アシオさんは今までエリクだけの父親だったのに、ひょっこり血の繋がった娘が現れたなんて嫌な気分かも。わたしなら、複雑だ。私は、エリクと家族になるのは素敵だと思っただけに、拒絶されるのは怖い。
 しばし迷っていたエリクは、いつの間にか歩みを止めていた。自然と私も止まってしまう。夕暮れなので人はいないし、いたところで誰がいるのかも薄暗がりのせいでよくわからないだろう。いまここで話していることは、きっと誰にもばれない。エリクは、意を決したように私を見た。わたしは、彼の真剣な表情に息を呑む。
「セティ様は、やっぱり父さんの娘です。二人が似てて、おれ、妬きました」
 エリクの言葉は、私が想像したどの台詞とも違った。てっきり「姉とは思えません」なんて言われるかと思ったんだけど。しかも、わたしとアシオさんはさっぱり似てない。私はあんなにほわほわしてないし、癒し系でもない。似てるのは、エリクのほうだと思うんだけど。
 そんなわたしの「はてな」にも気づかず、エリクは続けた。
「おれ、父さんとも母さんとも外見がまったく似てないから、ちょっと悔しかったです。やっぱり、本物の親子は似てるなって、思ったんです」
 確かに外見はそうだ。エリクはちっとも似てない。私のほうが髪の色とか顔の感じとかは、似てるのかもしれない。けど。
「私は、エリクをうらやましいって思ったのに」
「え?」
 こんどは、エリクが面食らう番だった。わたしは、思わず笑う。
「にじみ出る雰囲気がね、私には入り込めなくて寂しかったな。ふたりとも、癒し系で犬系でそっくりだよ」
「いやしけいで、いぬけい?」 
 意味をわかりかねているエリクは可愛い。
「うん。とにかく中身がそっくりってこと。家族って感じだった」
「そう、ですか」
 確かめるように、エリクが言う。
「ええ、そうです」
 自信を持って私は頷いた。
「うれしいです」
 へにゃりとエリクは破願した。
「うん、わたしも顔が似てるってだけでも嬉しい」
「おれ、ちょっと焦ったんです。本物の娘がいるなら、俺要らないじゃんって……でも、そっか、家族に見えてるなら、いいです」
 やっぱり、私の登場はエリクにとって大きなショックだったらしい。そりゃ無理もない。
「ごめんね、いきなり現れて」
 わたしも、まさかこんなことになるとは思ってなかった。会いたいとも思ってなかった父親に心許すなんて、夢にも見なかった。エリクには、本当に悪いことをしたと思う。私が謝ると、エリクは慌てた。
「あ、謝らないでくださいっ。俺、セティ様が姉さんだっていうのは、すごくうれしいんです」
 その台詞に、私は顔が熱くなった。おそるおそる、エリクを見る。
「もう一回、言って欲しい」
「はい?」
 突然の注文に、エリクは自分の台詞をええとと思い返している。
 ああ、恥ずかしいけど、すごく嬉しかったんだもの。もういっかい、言って欲しい。
 私が欲しいのは、
「姉さん?」
「うん」
 ちいさいころ、兄弟が欲しかった。母しかいないから無理だって分かってたから、よけいに。
 それがなんと、わたしには今日、こんなにかわいい弟ができてしまったのだ。
「もっかい!」
 ぴんと人差し指を立てて私はせがむ。エリクは、ぷっと笑って、でも言ってくれた。
「姉さん。俺、セティ様が姉さんで、嬉しいです」
「ああもうかわいい!! 私も嬉しい!」
 私はエリクに抱きついた。エリクは大きいので、腰に手を回す格好になる。エリクは一瞬固まって、ちょっと考えた後、きゅっと抱き返してくれた。それは女性に対するものじゃなくて、家族への親愛をこめた優しい抱擁。それが私には嬉しい。
 調子に乗ってぐりぐりと腹に頭を擦り付ける。こんなことをしても、ちっとも恥ずかしくもない。それは、弟だから。なんだかとってもくすぐったい気分だ。エリクも、嫌がらずに私にされるがままになっている。
「王子に見られたら、誤解されちゃいますねーたぶん」
 思わず私の肩が跳ね上がる。でもこの時間帯にこの道を人が通ることはないので、大丈夫なはず。私は滅多なことを言うエリクをにらんだ。だって、そもそも
「エリクが可愛いのがわるいのよ」
 こんな可愛い弟ができたら、嬉しいに決まってる。
「可愛いって言われても、嬉しくないですよー。おれかっこよくなりたいんです。王子みたいに」
「姉弟の麗しい抱擁に、王子の名前なんて出さないで」
「はは。やっぱりセティ様、認知してもらって王子と結婚したらどうですか。俺、このままだと人前でも姉さんって呼んじゃいそうですもん」
「あああ、そういう可愛いこと言う! でも駄目!」
 うっかり甘い誘惑に乗りたくなる。私だって、みんなにこの子を弟だと自慢したいのに。
「どうしてもですか?」
「私、周りから囲まれるのって、負けたみたいで嫌なのよね」
「じゃあまず王子のこと好きになっちゃえば良いじゃないですか。そしたら認知もメリットですよ」
「う」
「俺は、基本的には王子の味方ですし」
「ひどい! 姉さんを売るなんて!」
 ドン、とふざけてエリクを突き飛ばすと、とたんにエリクはうなだれた。さっきのアシオさんにそっくり。そして、ぽつりとこぼす。
「だって、そしたら堂々と姉さんって呼べるから」
「……ああもう、エリク可愛い!」
 私は再び飛びついた。
 城の敷地に入ると、私たちは今までどおりの立ち位置にもどり、和やかに会話を続けた。好きな食べ物や嫌いな食べ物、今までどんな風に暮らしていたか。それだけでも、私は幸せな気分になる。そして私が部屋に入る直前に、エリクが言う。
「やっぱり、『俺たちが』っていうのは無いですね。父さんに言っておきます」
「そうね」
 その結論が姉として認めてくれた証拠のようで、思わず私は笑った。



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