第5話: 魔女の契約 3 BACK | INDEX | NEXT 2010/10/20 update |
城内が――それもほんの一部が、慌しく動き始めた。 政務室にジュリアが飛び込んできたことが、まずはじまりだった。 ジュリアは全くの礼式無しで王子めがけて走りより、息の上がったまま髪を振り乱して叫んだ。 「大変なの、セティがっ」 事の次第を聞き、ジュリアを落ち着かせて下がらせると、王子はひとり小さく溜息をついた。 ジュリアによれば、差出不明のドレスを試着してみたが、セティがいつまでたっても出てこないのでのぞいて見ると、セティは魔女に胸紐を締め上げられて失神し、一瞬で消えてしまった、と。 魔女、という非現実的な単語に王子は心当たりがあった。 「面倒なことになった」 ――あのこが、「あの」魔女に攫われるとは。 考えをめぐらせていると、不意にドアがノックされた。 「お呼びでしょうか」 部屋に入ってきた壮年の男性は、片膝を立てて王子にひざまずいた。左の瞼には痛々しい大きな傷跡があるが、年の割に体躯はしっかりとしていて、色濃く焼けた肌に力強さが溢れている。 「オーバン、急いで「壁隊」を貸して欲しい」 「壁隊、ということは……もしや」 オーバンと呼ばれた男は顔を上げて、複雑な表情をした。王子は頷き、半ば投げやりに呟く。 「ああ。セティが、……クロエに攫われたらしい」 「クロエ殿とは、また久しい名でございますな」 「あぁ、最近すっかり忘れていたよ……自分のことなのに、もう今じゃ他人事みたいだ」 王子は笑ったが、オーバンは、苦痛を含んだ瞳で王子を見つめた。 「……それで、どうなさるのですか。壁隊の者どもはこちらで手配いたしますが」 「クロエの狙いは、十中八苦、私だろう。私が迎えに行くしかあるまい。極力少人数で秘密裏に決行する。城から妃候補が攫われたとあっては、国の威信にかかわる。大丈夫だとは思うが、壁隊にも緘口令をしいておけ。……幸か不幸か、セティは私と結婚をするのを嫌がっていたから、彼女の存在はあまり知られていないがな」 そこで口を閉ざし、思う。 ……彼女は今、どうしているだろうか。と 自分の助けを待っている? ――まさか。彼女に限って、ありえない。 「案外、……クロエと意気投合しているかもな」 思わず、笑みが漏れた。彼女なら、きっと大丈夫だ。 |