第9話: 偶然を装った必然 4 BACK | INDEX | NEXT 2010/10/20 update |
「ええと、どこから話そうかな」 椅子に私、ベッドにアシオさんとエリクが腰掛けた。私の膝には手短に済ませた処置の跡がある。 顔をぐしゃぐしゃに泣いていたアシオさんは鼻をかみ、涙を拭くと恥ずかしそうに笑って、私たち二人を見て「さっきはごめんね」と頭を掻いた。いちいちかわいらしい人だ。 「多分長くなるから、楽に聞いてほしいんだけど。まず大切なことから言おう」 そう言って、アシオさんは笑む。 「セティ、君は僕とエマの子。そしてエリクは僕の養子。君たちは血の繋がらない姉弟ということになる」 「ということは、アシオさんは」 「うん。僕は君のお父さん」 私たちは、思わず顔を見合わせた。んなあほな、とはどうしてもいえない雰囲気。エリクは、自分の父親が私を抱きしめていたショックが抜けないらしく、頭を痛そうに抑えている。 「父さん。意味がわからない」 「まったくです」 私たちの反応に「いきなりだもんね」とアシオさんはすまなそうな顔をした。 「ええと、じゃあ僕の出自から話をしようか」 こほん、と合図のように咳払いをひとつ。私たち二人は息を飲んだ。 「……僕の父親は中央の貴族だった。そして母はその愛人。僕が生まれた後、母さんは自分の息子が後継者争いに巻き込まれるのが嫌で田舎へ。エマとはお隣さんで、僕ら二人は幼馴染で、ごく普通に暮らしてた。 やがてエマと恋仲になって結婚しようかというころ、なんと本宅のほうで後継者の息子が死んでしまった。僕は拒絶したものの最終的に中央に戻されることになり、エマとは別れた。エマが身ごもっていたとは、残念なことに知らなかった」 どう反応していいのかもわからず、私はエリクを見た。エリクも複雑な心境のようでアシオさんをじっと見ている。 「……聞きたいことはある?」 そう聞かれて、考える。いくつも聞きたいことがあるような気がしたけど、ひとつを除いて、どれもうまく言葉にならなかった。私は探るように口をあけた。 「母を……捨てたんですか」 アシオさんが目を見開く。母のためにあそこまで泣いたこの人だから、そんな風には見えない。けれど、貴族になるために母との未来をあきらめたというのなら、それはなんだか悲しい。 私の問いに、やがてアシオさんはゆっくり首を振った。 「ううん。逆。僕が捨てられちゃったんだ」 「母に?」 私は目を丸くした。アシオさんは、思い出すように笑う。 「そう。……『あなたはこんな田舎で納まってちゃ駄目だ、中央でのし上がれる才能がある。私は手切れ金いっぱい貰ったから、安心してこんな悪女捨てていけ』ってね」 なんとも母らしい。わたしは、なぜかほっとした。二人の別れが憎しみでなくて、よかった。そんな安堵だと思う。 安心した様子の私を見て、アシオさんはエリクを振り返る。 「で、すでに適齢期だった僕は今の奥さんとお見合いをして結婚。エリクの今の母さんだね」 エリクは何もいわずにこくりと頷いた。 「政略結婚だったけど、もちろん愛してる。だけど5年経っても子供ができなくて、これは女のせいだと周囲から離縁を迫られた。でも、僕だって二回も好きな人と別れさせられるのは嫌だったから、当時3歳だったエリクを養子にして後継者にしたんだ。エリクは、自分が養子だって覚えてるね」 「うん。感謝してる。俺、身より無かったし」 ごくごくまじめに言うエリクを見て、アシオさんはぽんぽんと頭を撫でる。 「感謝してるなんて言わないでほしいな。他人行儀だ。僕はエリクのこと愛してるよ」 エリクが複雑な顔で頷いた。 自分の父親の恋愛遍歴(しかもまさかの子供付)なんて本当は知りたくないだろうし、たぶんびっくりしたと思う。エリクには、もうしわけない。 「にしても、今日は本当にさいわいだ。来てよかった」 私たちの考えなんて何のその。アシオさんは一人幸せそうだ。えへへと笑って、二人一緒になって抱きしめられた。その腕はあったかくて、細いのに強い。なんだか、変な気持ちだ。実感がわかない。私は、アシオさんを、この人をどうやって呼べばいいんだろう。 「そういえば、父さんなんで来たの」 父さん、と自然と呼べるエリクがなんだか不思議に思えた。エリクはアシオさんとは血がつながっていないのに、私よりも「親子」だ。 アシオさんは思い出したように「ああ」と言い、私たちを解放すると、床に無造作においておかれた封筒を持ち上げた。 「本当はエリクに縁談を持ってきたんだ」 「縁談? 俺に?」 「そうだよ。エリクももう18なんだからおかしくないよ。ほら、この娘さんたちだって、16とか17だし。こっちのひとは20だね」 封筒から引っ張り出して、肖像画を見せ付けられる。私もなんとなく興味を惹かれて覗き込むと、なるほど、貴族の美しい娘さんたちだった。 私は、エリクには姉さん女房がいいんじゃないかな、と思う。エリクは女の子を可愛がるよりも、可愛がられるほうが似合ってる。本人に言うと怒るだろうからいわないけれど。そんな私の様子に、アシオさんが「ああ」とやっぱり思い出したように言う。 「二人が『良い仲』なら止めておこうか? 私は反対しないよ。血はまったく繋がってないし」 な、なんて恐ろしい誤解を!! 私は思わず叫びそうになる。 王子に聞かれていなくて、良かった。本当に良かった。 「違うよ父さん! セティ様は、王子の婚約者だ。俺は護衛!」 エリクも慌てたように否定するが、アシオさんはちょっと残念そうに唇を突き出した。なんて可愛いおっさんなんだこの人は。本当に私の父親なのかと、疑いたくなる。 「えー。つまんない」 「えーじゃない! つまんなくない!」 エリクが父親をしかる。なんというか、漫才みたい。仲がいいなぁ。 それにしても、「王子の婚約者」というセレブな立場をを「つまんない」というこの人は、もしかして大物なのかしら。貴族とは聞いたけど、どれくらいの地位にある人なんだろう。 「そっかー。セティが例の婚約者だったのか。王子ってば隠して見せてくれなかったから、知らなかった」 まるで王子を子ども扱い。本当に、何者? 「でも、エマにそっくりの可愛い僕の娘じゃ、王子が惚れても仕方ないね」 うんうんと頷いてまた抱きしめられた。どどど、どうしよう。 「とーさん!! 失礼だろ!」 慌てて引き剥がしにかかるエリクに、アシオさんは嬉しそう。 「馬鹿だねエリク。やきもち妬かなくっても、エリクだってほら、ぎゅー」 といって、やっぱり二人まとめて抱擁。どうにもこうにも、子煩悩らしい。 |